ゆりかごの歌

小さなお話に画を添えて、心がほっこりするようなブログを書いてみたい。
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こころ踊る本が、手元あれば

世界中にファンタジーを広めた「指輪物語」は、「ホビットの冒険」と並び、
そのストーリー性の素晴らしさから、今日の様々なゲームのストーリーの元となっている。
人間界と妖精界、それにホビットという小さな人々の世界を書いたこの本は、我が家は娘より、私が楽しんだ。

中世の世界は、黒い魔法使いに支配されようとしていて、それを阻止しようと、灰色のガンダルフという魔法使いが、人間、妖精(エルフ)、鬼(ドワーフ)、ホビットたちに悪と戦う力を結束しようと呼び掛けた。

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そうして、ついには、悪を倒し、世界は平和を取り戻す。



ロードオブザリングと題した映画が上映され、ほどなくしてDVDも発売された。
私は小躍りした。
美しい妖精、可愛いホビットにまた逢える!
嬉しさに心ははち切れそうだった。
三部作の映画を観終わって、夢をくれた物語に感謝した。


しばらくして、ファンタジーの世界に、イギリスのJ・K・ローリングという女性作家が描いた、「ハリーポッター」が登場した。
ハリーは、魔法使いと人間(マグルと呼ばれる)の間に生まれたハーフである。
両親を悪の魔法使い・ヴォルデモートに殺されてしまった過去を持つ、生まれながらにして孤独な少年だ。
ハリーが、両親の仇であるヴォルデモートと闘い、打ち負かしてしまうのが全容。

魔法使いや怪物、幽霊などが登場はするが、ファンタジーの定番である、
中世ヨーロッパが舞台ではなく、現在に物語を登場させる独特の世界を構築した。

ハリーを助けながら悪との闘いに参戦するのは、気弱な少年ロン、聡明なマグルのハーマイオニーだ。
この3人がメインキャストの毎回、エキサイティングなストーリーだった。

ファンタジーに必要な要素は、お姫様と伝説の勇者、中世、お城、剣、悪い魔法使い、それらを司る悪の魔王。
この原点は、ロードオブ・ザ・リングにあるように思う。

ハリーはどうだろう・・・、この原点を満たしているのだろうか。

「ハリーポッターと賢者の石」から数えること全八作品、「死の秘宝で」、物語は最終章を迎え、スクリーンでは、
2011年夏に、最終話の上映が放映済みになった。

私たちの人生には物語性がない、あるとすれば日常の中での葛藤と営み。
私たちがファンタジーに求めるのは、原点に忠実な物語ということもあるけれど、人の心は、現実をしばし忘れ、遊びという空想の空間を欲する。

心が風邪をひいたとき、落ち込んでしまう私には、ファンタジーが一つあれば、その感情に華を添えてくれるような気がする。






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ただ、そこに居てくれるだけでいい、そんな存在

随分前になるけれど、NHKの朝ドラで、【梅ちゃん先生】を放送していた。

戦後東京の下町を舞台に、医師の娘である梅子が医師になるまでの奮闘を、周囲の人間関係を絡めて、笑いあり涙ありの人情ドラマ仕立ての内容だった。

主人公梅ちゃん先生を、先ごろ引退した女優、堀北真希ちゃん、松坂桃李君が梅子の幼馴染として出演し、後に夫となる役を演じていた。



終戦後の日本は、いろんな意味で活気があった。
戦争による痛手により、退廃した社会に負けないで、明日を信じて力強く生きる!と、人々に気概があった。
昭和は良かったと、思うのはそういうことかもしれない。


女子医専を卒業した梅子は、父の勤務先の大学病院で研修医としての日々を過ごす。
ほのかに恋心を抱く、同僚医師の存在もストーリーに色を添えていた。

研修医は無休で働く、生活費の足しにしようと梅子が始めたのは代診のアルバイトだった。
梅子が目にした医師は、昭和の赤ひげ先生のようなタイプの人物だ。

CTやMRI、レントゲンすらなく、目の前の患者の呼吸、肌艶、目力、あるいは脈をとり、数値や画像に頼ることなく、人間そのものを診ていた。

自身の辛い過去を、当時の社会の底辺で生きあぐねていた人々の無料診療をすることで、償っている、わけありな人情家の医師・坂田を世良正則が演じていた。

「医者は、ただそこに居るだけでいいんだ」アルバイト医・梅子に坂田医師が言う。



梅子の家は東京の下町大田区にある。
終戦後、急激に増えた人口に対し、医師の数があまりに少ない地域だ。

坂田医師の言葉で、梅子は地域医療の道に進もうと決意する。


心臓発作で苦悶に顔を歪める患者が医師の顔を見ただけで、発作が軽くなる。
医師は死の引導を渡す職務だけど、実は、その存在だけで、死に向かう人を安心させることが出来るのではないだろうか。
病からくる不安で押し潰されそうな人々の、ただ手を取り脈をみる。
その手の温もりが伝わり、病に立ち向かう気力が湧く。


私は、深く重みのある言葉だと感じた。

何故今になって、このことをブログに書いたのか、お読みくださる方は、不思議に思われるかもしれない。


実は、わが家の近所の、赤ひげ先生である、老先生が亡くなられた。
残念ながら、私は一度も診ていただいたことはないけれど、先生の存在は、まさに、梅ちゃん先生だった。


お通夜の席で、大泣きする町会のおばあさんたちの顔は、知らずの私も思わずもらい泣きしてしまう。

「先生ー先生!なんで死んだの!医者が死んだらあかんやないの!」と口々に泣き崩れるお年寄りたち。
久しく見ないこんな通夜の風景に、私も涙が止まらなくなってしまった。

ただそこに居てくれるだけでいい、そんな存在は、人の命をそれだけで救ってくれているのかもしれない。



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あるホームレスの詩

もう二十年になるでしょうか、ホームレス詩人として話題になった一人の女性が大阪の下町にいました。
名前をツネコさんと言います。

年老いた体をやや丸めぎみにして、阪急梅田の高架下で短歌と絵を売っていました。
身寄りもなく、ホームレスとなりながら、本を愛し、短歌を愛し、絵を愛した方でした。

通天閣で有名な、大阪新世界界隈にも、まれに出没されていました。

ツネコさんと私の関わりは、ほんの偶然からだったのです。

大阪の梅田駅を降りるとすぐに、阪急デパートがあり、その東側にツネコさんのような、詩や絵を売る方が大勢いました。

今から、20年くらい前の冬のころ、忘年会に参加するために、私は阪急の高架下を歩いていました。

ほどなくして、酔客の怒鳴り声が聞こえてきました。

一人の小柄なおばさんを、数人の酔っ払いたちが口汚く罵っていて、怒号がそのあたりから聞こえてくるのです。


「 苦しさから 抜け出す術を知らぬ我 人間止めたい時がある! 」

怒号の主の酔客の影にいた、そのおばさんが、突然が言い放ったのです。

それが、ホームレス詩人のツネコさんでした。

【私の名前はツネコ。姓は、忘れてしまいました。

 年は六十八歳。

 住所は大阪阪急の梅田高架下とでもしておきましょうか。いわゆる住所不定というやつです。

 なぜ、私がこういう暮らしをするようになったのか、それはこれからじっくりとお話ししていくことにしましょう。

 でも人間の運命というものは本当に不思議なものです。私がホームレスになるなんて……。
 今ではもう、普通に暮らしていた頃のことが夢のように思えます。】

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こういう書き出しで始めるツネコさんの本、ホームレスの詩を、ご存じの方もいらっしゃるでしょうか。
お元気なころ、二度、一緒にお酒を飲んだことがあります。

「 人間やめたいときがある! 」と酔客に怒鳴りちらした人には見えない、可愛い方でした。
歯のない赤ん坊のような口元が愛くるしかった。


またいつか、ツネコさんとの思い出をブログにしてみたいと思います。


ツネコさんは、2003年8月、73歳のつましい一生を終えられました。
実家の蔵には、懐かしい思い出がまだまだいっぱいあって、この本もその内の大切な想い出なのです。

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