間もなく、実家が取り壊されます

間もなく実家が取り壊される。
私たちのルーツだった歴史の生き証人が、ここでその役目を終えてしまうのだ。

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祖父母、両親、私たちがそこで暮らし、ご先祖様をも感じながら大きくなっていった実家が無くなってしまう。
一言で寂しい、などと言えない、もっと重い物が心にはあるけれど、今はもう誰も住まない、旧い家を保存していくためにかかる費用を考えると、やむを得ない。

解体作業に入る前に、姉妹が揃って、家に感謝する集いを設けようと話し合って決めた。


実家付近は、お城があるからだろうか、先の戦争でも消失することなく、旧い時代からの家屋ばかり。

ずっと昔は茅葺の屋根のころもあったけど、現在は本瓦、土壁の家が殆だから、地震の揺れにはとても弱いという欠点を持つ。
大阪南部に多い、しころづくりの家々は、家屋内はふすまで仕切られていて、縁側を広くとっているから南面が弱いと言うこともある。

今は誰も住んでいない家を守るのは大変な労力と、金銭も嵩む。
それと、大阪泉州地方でも、南海トラフ地震を想定した家屋耐震などが声高に叫ばれるようになってきた。

無人の実家などは、やはり役所から、いろいろと無人の理由などを訊いてくると同時に、耐震化への工事などを暗に仄めかす。
けれど、いつ建ったのか誰も記憶にない、旧い家に耐震補強などしても意味はない。

土壁に本瓦の家が耐震診断を受けても、間違いなく全倒壊する可能性が高いらしい。


家に感謝する集いの日が済むと、本当にさよならする。
両親がいて、祖父母がいて、末妹がいた、そして私たち三姉妹が大きくなった家が無くなってしまう。

この気持ちをどう云えばいいのか、今はまだ書けない。


手始めに、私が暇なこともあり、実家の納屋を片づける作業に取り組み始めた。
昔の道具などは、お城の敷設している民俗資料館に寄進したけど、まだ雑多な道具などがたくさん残されている。

私個人としては、実家に置いたままの、小さなころのいろんな想い出を整理したいということもある。
小学校時代の通信簿、絵日記などなど。

それら、子ども時代の断捨離をしなければと思っている。

自分を育んでくれたルーツが消えてしまうような、寂しさに堪えかねている。
けれど、これまで本当にありがとう、お疲れ様でしたと、言ってやりたい。




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昭和の遊びが、懐かしい

仕事で、【昭和の遊び集】という小冊子を作っています。
主な情報は、『浪速風俗図絵』という書物からいただくのですが、
一応、私も昭和30年代の生まれなので、なんとか古い記憶を紐解き、この仕事は愉しみながらしています。

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そんな中で、ふと思い出したのが、おじゃみ(お手玉のこと)遊び。
晴れた日は姉妹仲良く遊ぶことは殆どないのに、雨の日になると姉妹揃って、家で遊ぶことが多かった。

私が7歳くらいだったろうか、姉の指導でおじゃみ作りをしたことがある。
母からもらった残り布を、四枚の長方形に切っていく、その端と端を合わせて糸で細かく縫って、そこに小豆やお米、数珠玉などを入れていく。

猫を座らせるような小さな座布団のような形にするのがとても難しく、不器用な私は何度も針で指先を縫う始末だった。
反面、五歳年長の姉はとても器用で、母のようにさっさと縫い、布を手でもって扱く。
その姿は恰好がよくて、このとき私は初めて姉を姉として尊敬したように思う。

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おさらい~♪
おひとつ おひとつ おひとつ落としておさらい♪
おさらい~♪
おふたつ おふたつ落としておさらい~~~♪
     
おみっつ おひとつ落としておさらい~~♪
おじゃみの歌は、はっきりと覚えていないけれど、とにかく順にお手玉をキャッチしては、落とすことを繰り返す。
五個のお手玉を座敷に座り、歌いながら遊ぶ、なんとなく雅な昭和だったかもしれない。 

そして極めつけは、離れ業の『 お手乗せ、お犬かき 』というおじゃみの技だった。
お手乗せは、右手で掴んだおじゃみを、左の掌に乗せる。
姉はこれが上手で、何個も何個も乗せていた。

お犬かきは、右手で上に投げたおじゃみを、左手で手首のスナップを利かせて、掻きとるような仕草でキャッチする。

小学六年生の姉には、どうしても私は敵わない。
悔しくて涙が出る、けど姉妹間と言えども、勝負の世界は厳しい。

「おねえちゃん、ちょっとくらい妹に負けてくれてもええやん」と泣いて頼むも、姉は情け容赦なく切り捨てる。

小さなころ、私は左利きだったから、右手で掴むのは不利ではないかと、抗議をした。
けれど、姉という司令官はそんな妹の訴えは歯牙にも掛けない。

このような姉妹間の遊びを通じて、いうに言われぬ理不尽を知ったり、努力することで、功を成すことを学んでいたのかもしれない。

     






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『痩せの大食い』 って健康にはどうなのだろうか

あまり大した取柄はない夫だけど、食べ物をおいしそうに食べることだけは素晴らしいなと思っている。
もぐもぐと元気よく咀嚼し、勢いよく飲み込む様が見ていて小気味よく、「おいしいね!」と言ってはくれないけど、盛大に食べてくれるのが、料理担当の私としてはとてもうれしい。


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先日来の胃腸風邪のおかげと言おうか、有難いことに、2㎏も体重が落ちて、ニンマリしている。
若いころより、体重にして約3㎏増えたので、何とかしないといけないと思いつつ、ダイエットもしないぐうたらな私。
けれど、これは、胃腸風邪という、つらくしんどかったこととの、代替えにもたらされたもので、努力したわけではない。

年末の体調が悪い中で、つらつらと思ったことがある。
食後すぐ、寝る直前だというのに、夫はお菓子や果物をムシャムシャと食べる。
毎日ではないにしても、週に二三日はこんな悪習慣が顔を出す。

なのに、若いころから全く体重は変化なし。
痩せの大食いだと、自他共に認めている。


昨年27日夕方ごろより、何の前触れもなく、突然めまいがした。
ちょうど、仕事中でパソコンで絵を描いていて、目が疲れたのだろうと思い、温めたアイマスクをして暗い部屋で横になった。


どういうわけか、それは何の効果ももたらさず、次から次へと体調は悪化していく。
自分のうちで起きていることに、自分で戸惑うというのか、意志とは関係なく病態が勝手に動き出した、という感じだった。

午後6時半ごろ、帰宅した娘が部屋に入ってきて、ひどい状況の私を見るまで、私は動くこともできず、ただ呻いていた。



三日間、どうしょうもない状態で寝込んだ。
四日目を境に症状は治まってきて、先に書いたように、夫のお菓子ボリボリがどうも気になってしまったのだ。

寝たっきりの間は、もちろん食欲はまったくない。
症状が治まっても、すぐには食べ物は胃が、受け付けない。

特にダメなのは乳製品。
牛乳、ヨーグルトなどを思い浮かべるだけで、
胃が「勘弁してくださいよ!私に牛乳を消化させようてんですかい!」と江戸っ子弁で拒否するのだ。

「まぁ、お粥、白いご飯、梅干しなら何とか受付ましょう!」と宣う。

なるほど、胃の気持ちも分かる。
そのことがあり、寝る前に(食後に)、そのような大量のお菓子をボリボリと食べる夫の習慣は、いかがなものだろう、と思ったのだ。

「えっ!またですかい!さっき食べたものをやっとこさ片付けたんですでぃ!またアッシに仕事をさせるんですかい?」

いくら太らないとはいえ、きっと夫の胃は、悲鳴を上げていると思う。
年齢とともに衰える内臓機能にも、無理をさせてはいけない、そう思う。




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寒空の下、母の洗濯のうた

12年になる洗濯機が、突然、ギィーと断末魔のような叫びを一言、発したと思ったら、そのまま動かなくなってしまった。
洗濯機をトントン叩いたり、スイッチを入れ直ししたりしても、うんともすんともいわない。
しょうことなしに、途中まで洗っている、洗い水でぼとぼとに濡れた、重い洗濯ものを洗濯機から取り出した。


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素手に冷たい洗い水は、痛く凍りつきそうに悴む。
悴んだ手に、はぁっと息を吹きかけながら、小さなころの寒い冬の朝、母も同じようなことをしていたことを、唐突に思い出した。

昔の洗濯機は、洗いと絞りが別々になっていて、寒い冬の日などは母は、終始、手に息を吹きかけていた。
洗い終わった洗濯物を、パンパン叩きながら丁寧に平らに広げて、絞り機に入れて回す。
汚れのひどい洗濯ものは、井戸の側でタライと洗濯板を使い、洗っていた。

壊れた洗濯機を前に、小さなころの12月という季節を、思い出した。

暮れの大掃除をしながら、かんてき(七輪)の火を熾し塩抜きした棒鱈を炊く。
かんてきの下部には火口があり、その小さなブリキの蓋を調整することで炎が強くなり弱くもなる。
煙が出てくると、母は火口に直接、ふうっと息を吹きかけ、赤い炎を立ち上がらせる。

暮れの母は忙しく立ち回り、見ている私も目が回りそう。


私が育った町は、大阪府下の城下町で、山は遠くにあり海が近く、家も昔は、耳を澄ませば波の音が聞こえるようなところだった。
小さなころは姉妹揃って、裏木戸から浜に行き、日が暮れるまで遊んだり、夏休みなどは、母が縫ってくれた白い綿の水着姿で泳いだりしたものだった。



遠くに見える山々の峰に、日が沈んでいくまで浜で遊ぶ。
そして、お腹を空かし家に帰る、ただ毎日が遊びの日々には、夏休みの友という宿題など、いつも後回しだった。
砂浜で遊び、泥まみれになった私たちの水着は、帰るなり井戸端のタライに入れる。
待ち構えるように母は、洗濯板に私たちの水着を擦り付けるようにして洗っていた。



その背中が小刻みに揺れ、そのうち鼻歌が聞こえだす。
まぁわれまわれ、かるい泡まわれ♪

確か、そんな歌詞だったか、洗濯のうたを歌いながら母は、タライを回す。
タライと母は、一つに合体したかのようにリズミカルで見ているだけで楽しくなる。



母は他にも、もみ殻の歌、田植えの歌、井戸の神様への感謝の歌、などと暮らしの中でいつも歌っていた。

小柄な体から、澄んだ歌声が紡がれるさまは、子ども心にもうっとりとしたものだった。
電化製品が壊れても、また無くても、人の技と知恵で暮らしを営んでいた、あの頃。

母は洗濯のうたを歌いながら、時々、手を口元にもっていき、はぁーと息を吹きかける。
少しとがった口先と膨らむほっぺの母を、思い出しながら私も、タライを持ち出して、洗濯をした。



あの頃はそうなのだ、夏には夏、冬には冬と、季節とうまく付き合い、生きていたのだと思う。
そんな母がいた時代に育った私は今、洗濯機が壊れたことで、困ったと苛立つ。

母のように洗濯板でと、意気込んでみたものの、まだ左腕が痛む所為か、なかなか捗らない。
暮らしの中の便利なことに慣れ、いつからか、季節を楽しく生きられなくなっている。













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