ゆりかごの歌

小さなお話に画を添えて、心がほっこりするようなブログを書いてみたい。
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夕食を作ってくれる夫に感謝

別段、工業系の学校を出たわけでもないのに夫は、風で壊れた物置の小屋根に上り修理をしたり、水道管を破裂しないようにしたり、また、娘のパソコンをテレビも見られるように電線を繋いだりもする。

そんなとき、娘と私には、夫が凄い人に見える。
それともこれは、余所のご主人は知らないから比較のしようがない、男の人なら当たり前に出来ることなんだろうか。



夫は、63歳になった。
私たちもシニア世代になり、体力知力ともに衰えて来たと否応なしに、日々の暮らしからも感じる。
もともと若白髪の頭髪も寄る年波か、今では、ほぼ真っ白になって、ここだけの話、頭頂部が少し薄くなってきた。
けれど夫は、生え際の白髪に大騒ぎし、染めたくないけどどうしようと、悩む私とはちがい、何にも気にする素振りすらない。


イラチの私は、若いころは夫のここが嫌、だった。
本当に不甲斐ないとか、優柔不断とか、そんなふうにしか思えなかったのだ。

縁があって夫のところに嫁ぎ、たまには諍いもしながら、共に歩いてきた。
長い年月の間に、おかげで、私はあくせくする自分の性質を少し変えることができている。

いろんな夫との年月を思い返すと、自分が情けなくなることもあるけど、ここ最近は、私が実家の用事で留守をすることが多く、何かと不自由をかけている。

私が不在のときは帰宅後、娘の食事も文句ひとつ言わず、用意してくれる。
ありがたい、ありがたい。

定年後のためにと、男の料理もネットで見ては作ってくれ、昨夜はちょっとうたた寝してしまった私に代わり、
夕飯をこしらえてくれた。

udon.jpg

ボリュームがあるのは、まぁしょうがないけど、お味はなかなかのものなのだ。

私の膝の術後、料理など一度もしたことのない夫は、これからは男もご飯くらい作れないといけない。
と、しみじみ思ったそうだ。

人と人の縁とは、まさに奇跡ではないだろうか。
出来るかどうかは別として、衰えてきた身体や頭の、お互いの欠けている部分を、
補い合っていく、老後はそんな夫婦としていきたい。

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女の厄年

最近、【 男は八の倍数、女は七の倍数に注意 】というフレーズが目につく。
7(49,56,63,70,77)や8(40,48,56,64,72,80)を掛けた年齢に注意せよということらしい。

えっ!じゃ、これに、昔から言われている厄年を合わせると、私たちが気を付けなければならない年はかなりあることになる。
寺社の門前に掲げられている厄年には、小・中・大と厄があるようになっている。
これに前厄後厄を重ねると、一体、注意せずに暮らしていける年はあるんだろうか、とさえ思う。



厄年というのは、日本では平安時代から言われ伝えてきたものらしい。
陰陽道では、その年齢になると厄災が降りかかるとされている。

私が自分の年齢を初めて意識したのは29歳だった、これははっきりと、その日のことも記憶している。


明日三十歳になるという前夜、私は一睡もせずに夜を明かした。
その間、考えていたのは、自分もいつか死んでしまうのだなということだった。
29歳という年齢は、当時の私からすればなんというか、人生の曲がり角を否応なしに考えさせるような、年齢だったのだろう。


以来、39歳、49歳と、私は29歳のときと同じように、眠らずに夜を明かした。

そしてまたもや、29歳のあの夜と同じような、諸行無常の心境になったのだ。



29歳の誕生日以降、私の人生は劇的に変化した。
そのうちの一番は、結婚をし、子供を授かったことだろうか。

そんなふうに、劇的な変化を自分の人生で遂げているというのに、初めて自分の年齢を意識した29歳から何ら変わっていないことがある。

それは、年を重ねる前夜に考え込んでしまう癖。

その年の節目節目には、体に変化が起きることを、強く意識してしまう。
29歳の終わりに眠れなかったのは、女性としての衰えを感じたことがきっかけだった。
口元の法令線に加え、それまでより顔が細く尖がってきた。

笑顔の少ない私は、多少、ほほがふっくらしているほうが、他人様への印象が良いのに。


39歳の夜は、病弱な娘の将来に悩んでいた。
さらに49歳は、自分の体の生理的なものが大きく変化した。

そう思うと、誕生日も厄年も、ある意味、自分について考える、あるいは見つめる日なのかも知れない。
こんなふうに思うのは、もしかして私だけ。(~_~;)






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おばちゃん、お誕生日おめでとう!!

亡くなった義父の、従妹にあたる大叔母が九十歳の誕生日を迎えた。
夫の家系は両親とも短命で、分かっている限り九十歳を超えて生きた人はいない。
(これは私の家系も似ている)


短命家系の身内の中で、唯一、希望の星というのか、今なお溌剌と生き、朗々と人生を謳歌している。
家の周囲を清掃したり、木々の葉っぱで通行人の足場を邪魔しないよう、心配る大叔母。

健康が私の取柄だと、見知らぬ人に嬉しそうに話す、人見知りなどしないのは、心が瑞々しいからだろう。
そんな大叔母の幸福そうな顔は、周囲もしあわせにしてくれる。

大叔母は、自分の子どもを持てなかったこともあり、甥や姪をわが子同然に、その連れ合いをも可愛がってくれる。
中でも人との協調が苦手な私を、今も、ことのほか気にかけてくれる。


実は、私たちは叔母に、この町の家で一緒に暮らさないかと、打診していた。

「えー!まあ、ほんまにおおきに。そやけどおばちゃんは独りが気楽でええねんよ」
見事に断わられた。

けれど、大叔母らしいと言えば、らしいかなとも思う。
その素晴らしいところは、誰かに依存しないところかもしれない。
夫も私も、両親を早くに亡くしたから、叔母を親のように思ってしまう。




独り暮らしを愉しみ、老いてますます好奇心も旺盛な叔母にはありがた迷惑なのかもしれない。
今は、覚えたばかりらしいタブレットに夢中らしく、絵文字などを使ったメールが送られてくる。

いい年をして人見知り、ご近所の方々とスムーズに打ち解けられない私に、暮らしの中の人との関わりから来る喜びを教えてくれたのは、大叔母だった。

人生には、少しの分かり合える人がいて、ほんのちょっぴりでも心の世界を共有できたら、そこからひとつの温かな言葉が生まれる。
温かな言葉で、また人は元気がでたり、大げさに言えば、生きる希望が持てたりもする。

人は人で傷つくことはある、けど、人は人で傷を癒せると、
私は母のように慕う大叔母から、生きる上の大切なことを学ぶことができたのです。

おばちゃん、お誕生日おめでとう!!





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私にもよく分かっていないのですが、
拍手コメントをせっかくいただきましても、ブログのわからない方がいらっしゃいまして。

訪問履歴を見てもわからず、お礼の申しようもありません。

改めてありがとうございます。




呼吸って、吸うより吐くほうが大切なんですね

18歳になったばかりだった。
学校の近くに下宿先が決まってほっとしたのも束の間、私は通学手段に困っていた。

下宿から学校まで、徒歩だと40分くらいかかる。
けど電車通学になると、毎月の交通費が要る、貧乏学生の私は、いろんなところから金銭を削るしかなかった。


そんなとき、下宿がある住宅街の、粗大ごみ置き場を見つけた。

粗大ゴミ置き場は、まさに宝の山、机、ソファー、チェストというのか小さな整理ダンスまでが捨てられていた。

私は、まず、机をいただこうと、ゴミ置き場の近くのお宅の呼び鈴を鳴らした。
捨ててあるとはいえ、無断で持ち帰ってはいけないと思ったからだった。

呼び鈴に手を伸ばす、その時、突然、ほんとうにいきなり何の前触れもなく、私の四肢が痺れてきた。


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初めは右手からだった。
右手の痺れが突然襲ってきて、呼び鈴を鳴らす手をガクンと落してしまう。

何事が起きたのかと驚く間もなく、次が左手が痺れて、その場で立っていられなくなり、見知らぬお宅の玄関先に寝ころぶしかなかった。


痺れは、その後、足に移っていき、四肢が痺れている状態で、私は自分の身体で何が起きているのか分からず、パニック状態だった。

もしかして、このまま死んでしまうのか、とまで思っていた。
死ぬと思うと、母の顔が浮かぶ。
親元を離れ、東京で学校に通うと、我が儘を押し通した私。

そんな親不孝をしたから、こんな若さで死んでしまうという罰があたったのだと、後悔が繰り返し襲ってくる。


見知らぬお宅の方は、どんなに驚かれたことだろう。
それでも、ご親切に救急車を手配して下さった。

どのくらい時間が過ぎたのか、パニックになっていた私は記憶にない。
救急車が到着したときは、手足どころか体全体が痺れていた。

胃のあたりが痺れ始めたとき、このまま痺れが心臓に来ると、間違いなく死ぬのだと実感した私は、同乗してくれた見知らぬ人に、家族への伝言を残した。

ところが、遺言までした私は、病院に搬送されたころは、痺れどころか、身体のどこも痛くもなんともない。
恥ずかしさのあまり、死んだふりをしようと思いつつ、暫く、痺れたふりをしていた。


医師が来られて、「もう痺れはありませんね?」と、何もかもお見通しというふうに、私に話しかけた。

「これはね、呼吸を速くたくさんしたことで起きるのです」と言われた。


最近よく聞く、『過換気症候群』、その状態だったのだ。

結局、呼吸を速くたくさんしたことで不安を増大させ、死んでしまうと思った私の早合点。
呼吸は少なければ良くないとは分かる、けれども、多く体内に取り込むのは、もっと良くないのだと知った。

不安は確かにとれたけど、実のところ、今もって、どうして粗大ゴミを探していただけなのに、過換気になったのか、その理由が分からない。





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山からの春の恵み、【 山菜を食べよう!】

春の日差しを浴びて、一斉に里には山菜が芽吹いてきました。
毎年、春には恒例となっている、タラの芽採取が始まります。
タラの木に、緑の新芽が萌えるころ、山には美味しい山菜がたくさん出てきます。

わらび、こごみ、ぜんまい、セリ、などなど。

tara.jpg

少し雨に濡れた、タラの木の芽を摘むことを思うと、胸がワクワクしてきます。
山のタラの木が、「おぅいー早く来んと、待ってるよ〜」とね、私を呼んでいるような気がするのです。^^
心が急き立てられるようにして、山菜採りの籠を持って出掛けました。

昨日のブログに反するようですが、やっぱりこんなときは、車ですよね〜!
里には電車はなく、バス便しかありません。
町家から行くには、車だと約、1時間くらい、バス利用となると、乗り換えが4回、所要時間は4時間弱、というところでしょうか。


でも、タラはわが家の木ではなく、お隣のKさん宅の木なのですよ。
そちらでは、お庭に沿って生け垣のように、タラを植えているのです。
生垣といっても、タラは冬場には枯れ枝になるのですけどね。^_^;

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昨日は雨が降るかもということで、雨雲がかかっていない頃合いを見て、ひとっ走り行って来ました。
道の駅に出さない、家庭で食べるぶんのお裾分けを頂きます。

近くの土手の斜面には、サクラの巨木があるのですが、ようやく満開になったようです。

sakura_5.jpg


タラの芽は、酢味噌で和えたりおひたしにしたり、クセがないのでどう調理しても、美味しいですね。

昨夜は、いただいたタラの芽を夕食用の天ぷらにしました。
木から摘み取ったばかりですと、一ヶ月くらいの間、次々芽をだしてくれるのですが。

里の桜と、ザックリ揚がったタラの芽の春セットで、わが家にも春がやって来ました。

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「雪が解けたら苦味のあるもの(山菜)を食べろ」、という言い伝えがあります。

昔から、里の山菜は貴重なビタミン源だったのでしょうね!
最近では、山菜の知識があり、栽培し収穫できる人が少なくなってきて、伝承は、里の今後の課題でもあります。




それに、最近の子どもたちは、苦みのある食べ物を嫌う傾向にあるらしいです。
山菜のホロリとした苦味成分には、抗酸化作用のあるポリフェノール類が多く含まれているというのに、
ほんとうに、勿体ないことですね。

せっかくの山の恵みを、またいただけました。
お山の神様に、感謝です。



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スマホで撮ったので、画像が粗く、ごめんなさい!

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