娘の足手まといになりたくない、でも寂しくなって

昨日の土曜日、娘が梅田(大阪北部の大都市)に出かけた。
前夜から、明日は出かけるからと言った娘に、「久しぶりに外出はリフレッシュできるね!」と私は、母親らしく答えた。

本音は、一緒に行きたかった。

急ぎ足で出て行く、娘の後姿を見送りながら、私は、複雑な気持ちでいた。

嬉しさと寂しさ。
その両方の思いが交錯する。

家を出てから、梅田着までは凡そ、2時間はかかる。
電車に慣れていない私は、一人で梅田まで行くとなると、前夜から緊張してしまい、眠れなくなる。
けれど、娘は何度も一人、あるいは友人と、もちろん私とも出かけているから、すっかり慣れたものだ。

嬉しさとは、その頼もしい娘に想うこと。

でも、私の心には最近、ずっとこのような、いわば、置いてけぼり状態に感じる寂しさが募る。
情けない母だと思う。

年齢もあるだろうけど、私は長時間歩くと、手術をした足の太ももや股関節が痛むときがある。
お洒落をしようとパンプスなどを履いて出かけると、連続して歩くのは2時間が限界ときてる。

かといって、スニーカーではどうなの、そう言われると、実はさほど大差はないかもしれない。
パンプスを履いたときとは、別な部分が痛む、ということがあるから。


これでも、全身のストレッチを欠かさず、ラジオ体操、夜のウォーキングも悪天候じゃない限りは、2キロメートルは歩く。
スクワットも足上げ体操も、毎日、欠かさない。

それでも、足は無理が効かない。

だから、娘が、「一緒に行く?」と気を使ってくれる前に、機先を制し、「残念やわ!お母さん、その日は用事があるから一緒に行かれんわ」

と、言うようにする。

颯爽と歩く娘に対し、のろのろまではないけど、疲れてくると足が重くなってくる母、私とでは差がありすぎるから。
手術に関係なく、これも誰もが通る道、老いる母と若さ溢れる娘との、ジェネレーションギャップなのだろうか。




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ハッピーバレンタインデーに、夫に向けて

2月14日、今日は、世間的には『バレンタインデー』ですね。
良いのか悪いかよくは分かりませんが、私はバレンタインデーには、義理であれ、どなたかにチョコレートをお贈りしたことは、一度もありません。

理由は、緊張しいの照れ性だからです。


この日は、実は私はバレンタインデーというよりは、人生初の失恋デーなのです。
けれど、この日に失恋したおかげで、夫と出逢うことになったのですから、人の運命とは、合縁奇縁ですよね。

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夫と、結婚したばかりの若いころは、夫の良い面になかなか気付くことができなかった。
そのころは、自分も若く元気に満ち溢れていて、多分、嵐にだって独りで立ち向かうパワーがあったのだと思う。
人生を生きていく、支えや突っかい棒をさほど必要としなかったのかもしれない。


寄る年波というと夫に申し訳ないけれど、体力が落ちてきて、若いころのような踏ん張りが効かなくなってきて初めて、私は夫の優しさに気がついた。


かつて、一度だけ、私は離婚を考えたことがある。
夫がものを食べるのさえ、見ると癪に触る。
好ましく思っていたはずの、のんびりと穏やかな性格が、鬱陶しいと思う有様だった。



しまいには傍に居ることにすら耐えられなくなってきて、私は気が狂ったのか、自分が自分で理解できなく、さらにその不満を夫には言えない辛さから、気分が塞いでいく。

苛々と募る塞ぎの虫は、年月が何とか解消してくれた。
夫からすれば、なぜ、何がいけなくて妻が自分に苛々しているのか、分からない日々だったことだろう。

その間、決して声を荒げたり、逆に不満を言ったりすることなく、終始、夫は変わらなかった。
そんな、穏やかな性格が、実は人として真に強く、相手を思いやれるのだと、ようやく分かったのだ。



夫の優しさに、私は胡座をかくことなく、やはり、ときには自分に対し、ちょっと待って、今のは我儘ではない?
と自分に言い聞かせていかないと、と、バレンタインデーには、夫と出逢ったことを、振り返るのです。







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心躍る合言葉は、「春になったら!」

11日は、うっかり祝日ということを忘れ、近隣の大型ショッピングモールまで出かけた。
夫の買い物に付き合ったのだけど、行くまでも、着いても、車、車、人、人、騒音、埃、そこですでに、私は購買気力が萎えてしまう。
里で在れ、町であれ、私は田舎に属するところに住んでいるから、密度の濃い人々の間では、呼吸がし辛くなってしまう。
あぁ、情けないとは思うけど。

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結局、私は、人混みを避けながら夫とは別行動をし、無印良品の保湿化粧水と、洗顔フォームを買った。
そしてそのまま、車に戻ると、車内でずっと山々を眺めていた。

ここは、ふるさと (と書くと相当、遠くにあると思わないでください。同じ大阪府内です)に近く、小さなころ遊んだ野山があった場所に建てられた。

振り返り見れば、幼き日の想い出が至るところにあって、あっ!ここはタヌキの親子がいたところだ!
と、Bゾーンのパーキング車内で胸がじんとなる。
もちろん、夫は里の出なので、ここは知らない。

けれど、夫とは6歳の年齢差はあるものの、同じ時代に、夫は山、私は町、その間にある、ここ、車窓から眺め見る、和泉山脈の際立った峰を持つ、美しい山々を仰ぎ見つつ育っていた。

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二人が子ども時代を過ごしていたころは、ノミも、シラミも普通にいて、天井にはネズミが走り、あぜ道には蛇が這い、田の水でアメンボが泳ぎ、夏休みにはラジオ体操に通い、夏休みの友を仕上げるのに必死だった。
そのころ、山ではイノシシがヌタバを荒らし、里の住人を手こずらせていたことだろう。

夫は山の子、私は海と町の子という違いはあるけれど、住む環境の至る所にそんな命が満ちていた。
それらの日々は、夫も私も、子ども時代の大切なものとして、今も鮮やかに残っている。

Bゾーンのパーキングに、買い物を済ませた夫が戻ってきた。

「人混みが苦手やのに、ごめんな」と言うけど、家にいるよりやはり、山々が見える場所に来られたことが私は何よりうれしい。
そういうと、「この間の出張で大津まで行くのに、空いている道、混んでないルート、時短のコースを見つけたよ」

だから、春になったら、そのルートで、滋賀県愛知川に行こう!
嬉しいことを言ってくれた夫。

そう、元気になる、希望に胸躍る合言葉は、春になったら!

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ブックレット挿絵 パソコン画 二輪草

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同じく挿絵 パソコン画 ニオイ菫


合言葉は、「春になったら!」
夫は私の元気の素が何かをよく知ってくれている。
帰りの車内には小春日和のような暖かさが満ちていた。





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娘との諍いに、心折れそう

ようやく授かった赤ん坊は、女の子だった。
帝王切開でしか産んでやれず、突然、この世に放たれて、準備もできずに、赤ん坊は驚いたことだったろう。
ともあれ、赤ん坊は無事、午後3時22分、この世に生まれてきてくれた。

木曜日だった。
赤ん坊を見て、嬉しさ極まりなく、天にも昇る心地とはこのことか、と娘がこの世に誕生した瞬間の心を、言葉で書き表すのは難しい。

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一人しか子どもは望めない、と分かったときから、私は女の子にしてくださいと、神様にお願いし続けた。
お寺様にも、子授け神社にも、笑い話のようだけど教会の神様にも、信頼する楠木に、母のようなイチョウにも、考え得るあらゆる存在に祈った。

強い願いは岩をも打ち砕くというが、本当にその通りになったのだった。


生まれついて病を抱えた娘は、小学校には殆ど通えなかった。
だからだろうか、時計や角度、距離と時間などの学科を理解できていない。

娘の名誉の為に言い添えると、知能指数は普通にはある。

また、それに拍車をかけるように、母である私は、学校の勉強に重きを置かなかった。
わからないところを一緒に考えたり、復習したりしなかったのだ。
だから算数を理解できないまま娘は大人になった。


大学を卒えた娘は、就職浪人一年の後、現職に就いた。

ここで困った問題が起きる。
娘が配属された部署は、契約や検査に携わる課であった。
面接官や人事部は、まさか、算数を分からない人間が、一次試験を合格したとは想像もしなかっただろう。

少なくとも、一次二次試験ともに算数や数学の試験はなかったし。
困った問題とは、わが娘は、物事を窮屈に考える性格だということなのだ。
ただでさえ多忙な、年度末に、娘の元へ、契約に必要な計算式を記載した書類が、日々、集まってくる。

最近の娘の顔からは、疲労の色が濃く滲み出ている。
私は心配でならない。


『訊くはいっときの恥じ、訊かぬは一生の恥』、などという考えを持ち合わせていないわが娘。

母ではあるが、最愛の娘に対し、不遜、意固地、偏屈、頑固、そんな言葉をイメージしてしまう。
娘よ、許して!

昨夜、堰が決壊がしてしまった私は、言わずもがなの言葉を、言ってしまった。

「もっと柔らかに考えて、先輩に訊いたら、案外にスムーズに運ぶのに、あんたは頑固やね!」と。



言った瞬間、心から滝のように後悔が落ちてきて、底の方に、悔いがいっぱい詰まった滝壺に、どんどん流れて行く。
娘を傷つけたり、悲しませたり、責めたり、そんな心は、自分にはないと思っていたのに。

目の前の娘の顔に、怒りの炎が見え隠れしている。
普段は穏やかな娘に、こんな顔をさせたのは私、母なのだ。

「だって、私はお母さんの娘やもの!よう訊かんわ!自分で解決したいわ!」。
娘の反撃に、一言もない母だった。

この世に生まれてきてくれただけで良かった、存在そのものが全ての娘。


その愛する娘と苦を刻んでまで争うことに、どれほどの意味があるというのだ。
分かっている、分かってはいるのに。
愚かな母に、つける薬はなく、骨折している肋骨より、ロキソニンでは効かない胸が痛む。





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今日はコメント欄は閉じています。
尚、レスなしではありますが、『NEWメッセージボード』は、常にオープンにさせていただいています。



コンタクトにした娘は、明るくなりました

昨日の記事の続きです。
生まれたときから、娘は、淡い光の中で生きていて、はっきりとは、何も見えていなかったのでしょう。
けれど、その視力が生まれついてだとしたら、そんなものだと思ったのかも知れません。
夫も私も驚き、可哀想なことをした、さぞかしエレベーターで降りるのは心細かっただろうと思いました。

これまで動作に対しぶきっちょだと思っていたのは、視力が無かったからだったのです。

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でもよかった。
これが一般の小学校に通う前に分かったから。
病院の眼科の先生に頂いた処方箋を持って、早速、娘のために、生まれて初めての眼鏡を作って頂くことにしました。

あれこれと眼鏡店で検査を受け、娘の眼鏡が決まりました。
娘の場合、いわゆる牛乳瓶の底のような、あの分厚いレンズになるのは避けられません。

レンズサンプルを見た私は、どうしてか哀しくなりました。
すると店員さんが言うのです。
お高くなりますが、もう少し薄くすることは、可能ですと。

私はここ一番と張り切り、高級レンズにしてもらいました。
フレームにも懲り、ピンクの愛らしい花柄の、ケンゾーというブランドです。
7歳の娘の眼鏡は、結局、レンズとフレームを合わせて、なんと八万円になりました。

けれど愛する娘が不自由なく生活出来るのなら、お安いものです。

一週間後、娘と一緒に出来上がった眼鏡を受け取りに行きました。

「わぁ!お母さんって、こんな顔やったの!!嬉しい!お母さんの顔が初めて分かった!」

灰色のくぐもった世界で生きていた娘に、新しい世界が開けた瞬間でした。


眼鏡を掛けた娘が、人目も憚らず、店内でクルクル舞い踊るのです。
私の目からは、流れるように涙が出ます。
止めようとしても、止まらない、そんな涙でした。

それは嬉し涙でもありました。
そして、それから一年後、私は自分の馬鹿さ加減にまた、涙することになったのです。

小さな子どもは、成長します。
それに応じて視力も落ち、レンズは作り替えなければなりません。
さらに、フレームも合わなくなってしまうのです。

また、散財はさすがに出来ませんし、無駄なことに他なりません。
2度目の眼鏡は、お店で一番安いもので作って頂きました。


そして、今、27歳になった娘は、自らの意思で、勿論、自分のお金で、コンタクトレンズにしました。
コンタクトを付けた娘は、分厚いレンズの眼鏡から、一転、隠れていた目が白日の下に晒され、スマートでシャープな印象になりました。

親ばかを承知で言わせていただくと、コンタクトにした娘は、なかなか美人なのです。
27歳の誕生日に、レストランの私の目前で、食事をする娘を見ながら、思ったことでした。

娘をここまでにしてくださった運命の神様に感謝し、私が不始末さえしなければ、日曜日の誕生日パーティは、最高の夜になるはずだったのです。
前以てこの日を演出し、わが家の大切な記念日にしようと張り切った私が、怪我をすることで、ぶち壊したからです。




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