Archive: 2016年05月  1/2

この世に生まれてきた意味

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私がまだ小学校の低学年だった頃のこと、近所に日の出という食堂があった。"食堂”と、屋号にあるのに、洗剤や、野菜、果物まで売っているようなお店だった。日の出食堂には、年齢はよく分からないけれど、その身体は私よりはるかに大きかった、マー坊と呼ばれる子どもがいた。マー坊は、いつも鼻水をたらし、目ヤニをため、口からは涎を垂らしていた。店の奥から時折聞こえる、マー坊の獣のような声が怖くて、私は、日の出食堂にお...

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葬儀は、誰のためにするの

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このところ、うちの町会で訃報が相次いでいて、週末は隣組の用事に追われることが多い。町を縦横に走るスピーカーから、毎朝のように、「○○の○○さんが、昨日、お亡くなりになりました。みなさんで、お見送りをお願いします」と告げるアナウンスが聴こえる。田舎の狭い町会といえども、私の知らない人の名前が読み上げられることが多い。町会の人は、付き合いの薄い方の場合はお通夜に、親しくされていた方とは、通夜と葬儀の両方に...

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女優業は、たいへん

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ちょっと前の放送になる。『さんまのまんま』、というテレビ番組に、女優の宮沢りえちゃんがゲストで出ていた。その昔、『三井リハウスのCM』で、デビューしたばかりの宮沢りえちゃんを見たとき、わぁ!なんて可愛い女の子なんだろうと、びっくりしたことが懐かしく思い出された。彗星の如く現れたりえちゃんは、ほどなくして、テレビドラマに出るわ、写真集は出すわで、時代の寵児になっていった。りえちゃんのお母さんは、いつも...

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人生の終(しま)い方

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両親の死、末妹の死、多くの知己の死、そして15年余を共に過ごした愛犬の死(2015年10月4日没)。人は生きている間に、どれほどの死と向き合うのだろう。決してこれが終わりではなく、今後も死は向こうからやってくるのだ。【年を重ねることの良い点に、死が怖くなくなるということは、ないだろうか。未来は永遠に続き、自分には老いや死など関係のない世界。そんなふうに思っていた若いころに、身近な人の死を経験すると、それはと...

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産めない不幸、授からない不幸せ

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私は平均より(といっても何歳が平均なのか)少し遅くに子どもを授かった。もうこれ以上望めないなら不妊治療を始めると、医師に告げられたその月の、待望の妊娠だった。ところが、「おめでとう、妊娠です」と言われた翌朝、早期切迫流産の危機に見舞われ、救急搬送される。素早く処置を施され、絶対安静のための入院となる。その同じ病室、観察室にその女性も入院していた。なんとも華奢で、抜けるような肌の美しい、第一印象は儚...

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おばさんの、ロングヘア

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真夏のようなお天気だった昨日と打って変わり、鬱陶しい雨の一日になった。梅雨入り間近かもしれないと感じさせる。最近の気候の目まぐるしい移り変わりには、ついていけない。気候の良し悪しが、体の快調・不調に繋がる年齢ともなると、お天気への関心は嫌でも高くなる。たとえば、食事や睡眠、外的なストレスまたは、お酒の量などは自分で何とかコントロールできる。けれども、お天気の良し悪しは地球の意思なので、どうすること...

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なぜ、ブログ日記を書くのだろう

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今から17年前になるだろうか、ウエブ上に『リンデ』という、投稿サイトがあった。そこは仕事をする女性たちの本音投稿(トーク)、ひやっとするような業界の打ち明け話で溢れかえっていた。でも、面白い!単にエッセイを読むより、例えそれが愚痴であっても、真に迫る話は人を打つ、心を揺さぶる。しばらくは、単に読むだけで、返信したり、ましてや自分で投稿したりなどは、とてもできない。そんな勇気はなかった。ところが、いつし...

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私は85歳まで生きようと、決めている

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私は自分が『死んでも構わない年齢を85歳』と決めている。もちろん、この年齢以上に、自力で健康に生きることができたら、それはおまけ^^また反対に、85歳を前にして死んでしまったら、それは運命だ、と思えるかどうか分からないけど。覚悟はしていたいと思っている。最終目標の年齢を85歳に決めようと思ったのには、理由がある。私の父方の祖父母、両親も、日本人の平均寿命以下でこの世を去った。そして、亡くなる前には病院で...

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同じ命なのに、私が対するこの差

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怖いモノ嫌いなモノ、人にはいろいろあるだろうけど、私はネズミが苦手。これは小さなころに、母の嫁入り道具の一軒箪笥の引き出しを悪戯心で開けたときに、私の顔にネズミが飛びかかってきた、そんな恐怖の体験が、トラウマになっているからだと、自分では思っている。幽霊も、暗闇もあまり怖くないのに、私は高いところと、このネズミが本当に心の底から苦手なのだ。今の家はとても古くて、結婚を機にリフォームをしたけど、まぁ...

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母の命の線引き

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私の母は、脳卒中患者だった。70歳のとき、脳にできた動脈瘤が破裂したのだ。手術から生還した母は、右半身は麻痺し声を失い自力で歩くことはできなくなってしまったが、その後、7年を生きた。77歳を迎えたころ、母はどことはいえない体調の不具合を訴えた。退院するときに医師から申し渡されていたことは、「大きな手術を経験した方は、大体術後7年生存が限界です」と。母はちょうどその刻限に体調を崩し始めた。その崩し方は、微...

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