『愛情』という名の、見えないゴム紐

今日は珍しく、マクドナルドでお昼ご飯を食べた。
出かけた先には、ランチなどと洒落た食事をする店もなく、国道沿いのマクドナルドに入るしか空腹を満たすすべはない。



カウンターで注文したチキンフィレオセットを持って店内を見渡していたとき、2、3歳の幼女が二人、私の視界にはいってきた。
幼女二人は、目と目で互いの、距離を推し量っている。
その距離とは社会性ということだろう。

それを見ていた私は、本当に驚いた。
このような幼女が、もう、相手を悪く言えば 『値踏み』 しているのだ。
そして、互いが自分にとって合うか合わないか、そこのところを推し量っている。

それも、じっと目を見るのではなく、相手が見ようとする寸前で、ちらっと逸らす。
うーん、私より、世馴れているじゃないか、この二人はと、私は恥ずかしくなってしまった。


マリンルックに身を包んだ幼女は、父親らしき男性と一緒に来ている。
アイスを美味しそうに口に頬ばると、父に笑いかける。
父は、娘のその愛らしい仕草の一つ一つを、携帯のカメラに収めている。

もう一人、片側の幼女は母親らしき女性と一緒だ。
しかし母親らしき女性はスマホに夢中で、我が子に微笑むでもなし、話しかけるでもない。

ジュースを口に運ぶ子どもと、スマホに忙しなく手を運ぶ女性。
その幼女二人が、互いに相手を視野に捉えた。
その瞬間を、私は観ていた。


方や出来うる限りの世話を焼かれ、もう片方は母親と同じテーブルに着きながらも、無関心状態に置かれている。
この二人の幼女の違いを、マクドを食べながら考えた。

赤ん坊のころの臍の緒がきれても、子ども時代は、目に見えない紐で親と繋がっている。

しかし、その紐はゴム紐のようにしなやかで充分に伸びる。
親はゴム紐を持つ手に力を込めたり緩めたりしながら、子を見守る。

ゴム紐は強く引っ張ると相手に痛みを与えてしまう。
その力加減こそが、愛情なんだろう。

子どもは、親と繋がっている安心感から、どんどんと遠くへと冒険に出る。
どんなに遠くへ行こうとも、振り向けばそこには繋がっている親がいて、いつでも自分を見ていてくれる。

そうしながら子どものゴム紐は引っ張ってもパチンと切れることなく、いつか、自分でそっと親との繋がりを切るまでは、しなやかで丈夫なものになっていく。


父に思うぞんぶん世話をやかれている幼女。
そして、スマホに夢中で我が子を見ようともしない母と幼女。

出来得るなら、スマホ持つ手で隠れているけれど、その母の手にも、愛情という名のゴム紐が握られていますようにと、祈る思いだった。




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新しい眼鏡で観る世界

一週間前に作ってもらった眼鏡を取りに行ってきた。
このように書くと、老眼!と思われるかもしれないけど、近視矯正用の眼鏡を新しく作ったのだ。


もともと、あまり視力はよくはないけど、老眼になる年代になって、更に近視が進むという事態に陥った。

10日くらい前の雨の夜、明日の牛乳を買い忘れたことに気づき、雨の中、コンビニまで買い物に行った。
傘をさして歩くこと5分、牛乳を買い求めコンビニをあとにしたその直後、あり得ないことが起きた。


田水張った夜の水田に、片足を突っ込んでしまったのだ。

もしかしたら、年齢に伴う、脳の衰えからくる、空間認知が落ちていたのかもしれない。
けれど、それを脇に置くと、どうも乱視がかなり進んでいると、自分で認めざるを得ない出来事だった。

それまでも、車を運転中、何でもない所で、車を当て擦ったりしたことがあって、同じように目が悪い家族に眼鏡を作り替えるように煩く言われていた。

泥だらけでよれよれになって帰宅した私を見た、夫と娘の顔を見て、さすがの私も眼鏡を作り替えることにしたのだ。
翌日、眼科医を受診し、処方箋を書いてもらい、その場で眼鏡店に行った。

日曜日に出来上がった眼鏡をかけて、今更ながら驚いたことに、テレビがはっきり見えること。
それとともに、信号が正しく正円に見えるのだ。


私の目では、信号機は常に楕円形で、夜には信号が発する光が、帯のようになっていた。
高速道路などでは、車のテールランプが長い光の帯になり、それはそれは美しい光景だった。
なんて言ってる場合ではなかった。
正円の信号機を久しぶりに見て、馬鹿みたいな顛末だけど、やはり眼鏡を作りなおしてよかったなと思った。




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神頼みのデパ地下

夫と結婚した当初、私はまったく料理ができなかった。
私は15歳で親元を離れ東京で学生生活をおくった。

だから、母から料理を習う機会は、他の姉妹よりは格段に少なかったのが原因かもしれないと、自己弁護しておこう。

同じ姉妹でも、姉や三女の妹は、料理上手で知られている。
知られているといっても、親せきやそれぞれの家族という狭い範囲にだけど。

夫には、それを隠したわけではないが、何となく料理が苦手とは言いづらく、新婚時代の一時期、我が家の献立は、デパ地下惣菜のオンパレードだった。

結婚前に夫に打ち明けていたら、のちの暮らしはもっと楽だったのにと思う。

けど、父子家庭で育った夫は、女性に対し格別の幻想を抱いている、と、付き合っている間に感じていた。
即ち、女性なら料理が上手で、家事をてきぱきとこなし、裁縫もできるというふうな。

それで夫にも義父になる人にも、言えなかったのだ。

苦肉の策として私が実行していたのが、デパ地下の惣菜売り場の惣菜を、自分の料理のようにすることだった。
デパ地下なら、少しの量で、たくんの種類を買うこともできる。
それを義父や夫が帰宅する前に、素知らぬ顔でテーブルに並べていた。

それら豪華というか、料理本のような夕飯のしつらえを観た夫は、
「わぁーいつも豪華やなぁ!こんな美味しそうなんを毎晩、食べさせてもらえて幸せやな」、と、健気にも褒めちぎってくれる。
もちろん、義父も・・・・・・。
私はそのたびに、胃がしくしくと痛み、後悔の念にかられていた。

今風にいうなら、いつか、カミングアウトしようと決意するも、美味しそうに食べる義父、夫の顔を見ると、つい・・・・・・言い出せなくなってしまうのだ。


それから何十年が過ぎて、私も主婦歴だけはベテランの域に達してきた。
下手なりに、器に工夫し見た目をよくする技にも長けてきて、料理のレパートリーも増えた。
嫁の作る料理の殆どは、実はデパ地下の惣菜、と知らないまま、義父も鬼籍の人になった。

4年前から私は在宅で仕事をし、一応、結婚後初の専業主婦になった。
今はもうデパートに買い物に行っても、惣菜売り場には足すら向けない。

年月はそれなりに、料理下手をカバーしてくれたように思っている。




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お母さん

母が死んだ日も、朝から暑く、病室の窓は閉め切っているというのに、ミンミン蝉の鳴き声が聞こえていた。
父が早くに死んだことで、私たち姉妹は、母には何としても長生きしてほしいと願っていた。

脳ドックや全身のドックを受診し、医師に「長生きするタイプの方ですよ」とお墨付きをもらった母。

その母が、人間ドック受診後、わずか半月余り、70歳で脳卒中に倒れた。
人の運命なんて本当に分からないものだとしみじみ思った。


医師に「奇跡のようなものです!」 と言われ、母は脳出血より生還し、車椅子ではあったが、無事に退院することができた。


以来、7年間、母は生きた。
実際に生きるという言葉が相応しい生活だった。
下半身の麻痺の所為で車椅子生活を余儀なくされたが、家中を車椅子で移動し、麻痺していない左手で着物などを整理したりした。

同居の妹が車椅子を押し、母はスーパーに買い物にも行き、旅行に至っては、健常のころより寧ろ、頻繁に行くようになった。
そんな時は、私も出来る限り仕事の都合をつけて、母との旅を楽しんだ。


術中に装着した人工呼吸器は外すことはできたけど、結局、母は命と引き換えに、声を失った。

けれども、話せないもどかしさも感じさせることなく、日常の意思疎通は、すべて身振り手振りで伝えることが出来た。

喉が乾いたら、左手で水を飲む真似をして、あるいは、お腹が空いたら、胃の辺りを抑え、口に食べ物を運ぶ仕草で、自分の意志として伝えた。

排せつも、前と後ろを手で軽く叩くような動作で伝えた。
それ以外は、話せないことを、笑うことでカバーしていた母。

本当に明るい脳卒中患者だった。

一度、ベッドに眠る母に私が甘えたことがあった。
仕事のストレスを抱えたまま実家に行った私は、母に甘えたかった。

母は、じっと私の顔を見ると、左手で私の頬をそっと撫でた。
そのあと、私の眉毛を撫でる。

小さな頃、太い眉毛を悩む私に、母はきりっとした力強い眉が綺麗だと言った。
その頃の仕草を、何十年も過ぎた私にした。

それは、何万語の愛の言葉より、私には嬉しい母の仕草だった。




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母が死んだ日

今日は母の月命日。
つい昨日のことのように、母の死は私の中では鮮明な眼差しをもって刻まれている。
11年前は、ただ母の死が悲しくて、似たようなおばあさんの後姿を見ると、車の運転中だというのに涙が溢れ、思わず追いかけたくなったりしていた。

母が死んだ、その事実を認めたくなかったのだと思う。

両親の死、末妹の死、多くの知己の死、そして15年余を共に過ごした愛犬の死(2015年10月4日没)。
人は生きている間に、どれほどの死と向き合うのだろう。
決してこれが終わりではなく、今後も死は向こうからやってくるのだ。


死とは、いくらどう足掻こうが、永遠の別れであることに間違いはない。
けれど、11年目の今、母の死に対する思いは少し変わりつつある。

【年を重ねることの良い点に、死が怖くなくなる】ということは、ないだろうか。
未来は永遠に続き、自分には老いや死など関係のない世界、そんなふうに思っていた若いころに、身近な人の死を経験すると、それはとてつもない恐怖となり、ひどい場合はパニックに襲われたりする。

しかし、年を重ね人生の生老病死という哀しみを幾たびも経験すると、死は身近なものなんだと実感する。
そうして、他でもない、自分にも死は必ず訪れると納得できるのではないだろうか。


両親、妹、愛犬の死の哀しみは、私自身が自分のために哀しむ、悲しみ。
要するに自分のために愛する存在が、いなくなったことを嘆いている。

考えたらなんてエゴイスティックなのだろうと思う。
もしかしたら、みんなは自分で生きたいように自由に生き、そして死もまた自らが線引きしたのかもしれない。

もう十分に生きて、今生に未練などこれっぽっちもなかったのかもしれない。
清々と、この世とおさらばしたかも知れないのだ。


人の脳は記憶を上書きしながら成長しているけれど、心はそうはいかない。
生きている数々の想い出を収納する心の部屋は、死ぬまで無限に増え続ける。
決して、脳のように上書きされない。
死と向き合うには時間が要る。
その時間が、いつか、死の哀しみを想い出に変えてくれる。


11年を経た母の死は、そんなふうに私の心を変えた。
まだ悲しみのただ中にいる愛犬の死にも、きっと同じように思う日が来ることを、母の死が教えてくれたように思う。
命日とは、故人を忍びつつ、死と向き合うためのもの、なのかもしれない。



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咄嗟の対応、神対応

私は、家計の管理は、パソコンでしている。
給与の振込、光熱費の引き落とし、もちろん仕事の経理業務なども、すべてパソコンで管理している。

インターネットバンキングの利点は、やっぱり居ながらにして家計の管理ができてしまう、そこかなと思う。
ところが、我が家はエコ通帳制度といって紙通帳は発行しないようにしているので、1年や2年前の支出入を閲覧することができない。

やっぱり通帳は、紙に印字されたアナログ通帳がいいなと思う。
で、銀行に行ってエコから従来の記帳ができる通帳に変更してもらうことにした。

昨日は久しぶりに雨で、大勢の人で賑わっている銀行内は蒸し暑く、店内は高湿度でムッとしていた。
冷房は入っているが殆ど効いていないように感じる。

銀行の窓口は、2年振りくらいに来たけれど、本当に、すさまじく混んでいる。
受付表は前に2名だけの待ちなのに、1時間過ぎてもまだ私の順番は来ない。

しょうことなしに、銀行内を観察していた。
とその時、すぐ前のカウンター席で初老の男性が、受付の若い女性に激しく抗議している。
大きな声で、若い担当者を威圧している。
銀行内が、一瞬、固まったような雰囲気になってきた。

男性には連れの女性が二人いるけれど、彼女たちは何も言わない、言えないのかも知れない。

あわや警察か?!
そう思ったとき、窓口4番の受付担当の女性が、表に出てきた。
そしてその初老の男性に、グラスに入れた冷たい麦茶のような飲み物を差し出した。

暑さの所為か、待たされることへの怒りの所為か、男性の真っ赤な顔が少し和らいだ。
途端に、店内の空気も和らぎ、私以外のお客さんも、ほっとしている。

たった1杯のお茶で、怒り心頭に達していた男性が、落ち着いてきた。
お茶に対しお礼を言うと、自分が壊した店内の簡易立看板を、元の場所に戻し始めた。

そして、壊れていないなと、独り言めいた弁解をしている。
確かに昨日は暑かった。
2年振りくらいに窓口に出向いた私も、待ち時間の長さに、いい加減うんざりしていた。

銀行のベテランらしき担当女性の咄嗟の応対が、そんな店内の空気を変えた。
銀行も強ち、杓子定規な応対ばかりでもないんだなっと、思った出来事だった。

こんな場合を、最近の言葉では『神対応』 と、言うのだろうか。




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愛を知らない子

7歳までオムツをされ、それでもダニエルは生きた
今、児童虐待に関する本を読み終えて、喪失感に囚われている。
本を閉じてしばらく、人間不信に陥ってしまった。

私は自覚してる限り、娘を愛すれど、虐待などしたことはない。
その本のタイトルは、『愛を知らなかった子』dany'story講談社発行。



アメリカで起きた最近の虐待事件だ。
ダニエルという7歳の少女は生まれてからずっと、シングルマザーの母親によって、部屋の1室に寝かされたまま育った。
剥きだしの床に、薄いマットレス一枚、 裸の体に紙おむつを巻かれ、人形のように寝かされたたまま生かされていた。

抱っこもしてもらえない、さらには、言葉もかけてもらえず、外に出ることも許されず、最低限の食事を与えられて生きていた。
母親は、ダニエルに支給される保護手当が目的で彼女を生かしているのだ。

本を読み進むうちに、ダニエルに対する虐待の内容が明らかになっていく。
今の気持ちをすべて現わす言葉が見つからない。

怒りのあまり、本を壁に投げつけてしまい、図書館で借りた本だったと、はっとして拾う。。・゜゜・(>_<)・゜゜・。

何度も通報を受けながら、ダニエルを見過ごした当局の失態も明らかになる。
一度目の通報から最終的に救出されるまで、4年もの年月を要した。



7歳のダニエルは、言葉も話せない、食べ物を咀嚼することも出来ない。
コップから水を飲むことすらできないのだ。

歩くときは、ネグレクトされた子特有の、爪先立ちで歩く。
人間の発達過程は、生後1歳から2歳頃までに、脳に刺激を受けることで成り立つと言われる。

そのあとは、脳のニューロンが消滅してしまうのだ。
もし、ダニエルが3歳児の、一度目の通報で救出されていたとしたら・・・・・・、 彼女が脳に受けたダメージはそこまで深刻にならなかったと専門家が言う。

ダニエルは現在、ティーンエイジャー。
アメリカの心優しい夫婦の養女として、生きている。

地獄を生き抜いた少女は、今、愛を燦々と与えられ、人間として生きる訓練を受けている。
この事実で、私は救われた思いになった。




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ゆるくて甘い国、にっぽん

来る東京オリンピックが視野にあるのかどうか、最近、各テレビ局では『海外の視聴者を睨んだ番組』が目につくようになってきた。
それら番組から、テレビ東京の『youは何しに日本へ』という番組が面白くて、毎回、録画して観ている。

初めて観たときは、テレビ局クルーの、何かと言うと、(日本はイイでしょう、日本人は優しいでしょう」) と、
『日本は良い国だと答えてもらうことを誘導』するようなインタビュー姿勢に、天邪鬼の私は、つい、嫌悪感をもってしまい、見るに堪えなかった。


やめてほしい、日本にも眉をひそめてしまう有象無象がいるのだと、反発心が頭をもたげるのだ。
ところが何度か観ているうちに、私の心にはある想いが芽生えてきた。

欧米は罪の文化、日本は恥の文化だといわれる。
すなわち、欧米の人々は神に対し、罪を贖うのに対し、日本人は他人の目から映る自分を意識する。
武士の美学というのも、そこから派生している。

宗教にしても、日本人の神仏信仰は、欧米の人から見れば奇異にうつるという。


一国一宗教、八百万の神信仰、いずれにも一長一短があると、私などは思うけど、宗教を持つ利点は、一つはある。
海外も、日本も、勧善懲悪を好み、世の中は善であれと、信じ願いする人々がいる。
善であろうとするために、『この世はなんと住み難いのだろう』 と感じてしまう、そんな人々。


テレビ局クルーがインタビューする海外のyouたちの中に、紛うことなき、『人は善たれと信じる』人々を発見する。
肌の色、目の色、言葉の違いこそあれ、それら人々の中に通じている『善人魂』。

「日本の国は綺麗で安心です。日本人は優しいです」
彼らは、そう言う。

確かに、善人であることがまだ通じる、そんな土壌が我が国にはあるように、思うのは私だけだろうか。

自国では生き辛い、そんな人々が住める環境は、ゆるく・あまく・ぬるい、そんなところが、この国にはあるのかも知れない。




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人間というものは・・・・・・

一般的にトリュフ、キャビア、フォアグラの三種を「世界三大珍味」というらしい。
あいにく、私はそのうちのいずれも食べたことはない。

その三大珍味のうちのフォアグラが、仕事先の打ち合わせが終わってお茶を飲んでいるときに、話題に出た。

いつも、打ち合わせで応対してくれるM女史は、海外旅行通で、一年に数回海外に出かける。
韓流ファンで、韓国には日帰り感覚で行くという、旅行猛者。

その女史が仕事の合間に、フォアグラについての話題を持ち出した。

「ねぇー!びっくりする話があるんやけど!」

「フォアグラってさぁ、鴨の口にホースで無理やり餌を流して食べさせるんやて!」
「えーーーーっ!!!」

その場に居合わせたすべての人が驚愕の表情でそう叫ぶ。
もちろん私も。

鴨を不必要に太らせ、よく肥えたフォアグラにするために、
餌を流し込む。

イギリスのBBC放送で特番を組んでいたというのだ。

我が家は、私と娘は、牛肉・豚肉を食べない。
肉類は鶏肉を少し食べる程度。

食事は夫に合わせて、牛肉も豚肉も使用するけど、たぶん余所のご家庭に比べると格段に少ないと思う。

昨夜、家で食事が終わったあとに、フォアグラの話しをしてみた。
やはり、夫も娘も、ショックを隠せない。

ところが夫は、自分は肉を食べるから、正面切っての異論は言えないという。
それを聞きながら私も思う。
鶏肉を食べる私も、完全に肉食しないとは言えない。

牛肉は食べないが、牛乳は飲むし、チーズも少しなら食べる。

牛も豚も、人間は自分たちの食糧としている。
食肉になる鶏は、一日中電気を消さない部屋で飼育されている。
電気を消さないのは、夜をなくするためと、卵をどんどん産ませる策なのだ。

そして卵を産まなくなると、肉に利用される。
そんな環境で飼育されている鶏を、私は食べている。
それは無理やりに、ホースで餌を流される鴨と・・・何ら変わりはない。

人間とは、生きているだけで罪を作っているのかもしれない。




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料理下手な主婦でも

大阪では昔は、お盆を過ぎると海に入ってはいけない、と親に言われていた。
死んだ人の霊が、海の中で足を引っ張ると、いささか、恐ろしい話しだった。
けれど、この教えは、お盆を過ぎると、海水温が下がり、海に入っていると、てきめん体が不調になるからだった。

お腹を冷やしたり、夏風邪を引いたり、秋に夏バテが出るから、親は子供にそう諭したのだろう。

ところが今は、酷暑で、 体調を維持するのが年々しんどいなって思うようになってきている。
冷たいビールは喉越しよく美味しいけれど、食欲はダウンしてしまう。
主婦も、手の込んだ料理もできないくらい夏は、しんどい。

私は麺類が苦手で、中でもうどんは、匂いもだめ。
ところが、夫と娘は大の麺好きで、うどんが一番の好物ときている。

うどんさえあればご機嫌で、毎日続いても文句は言わない。
そんなに好き嫌いはないと思うけど、私の唯一の苦手がうどん。

なんて皮肉なんだろう。

夏になると、家族中の食欲がダウンする。
娘が特にひどい。
苦手なんて言ってられないので、食卓に極力、麺料理を出すようにしている。

うどんに代わるものと、最近、私はパスタ料理に凝っている。
お店のメニューで見かけた、サラダうどんにヒントを得て、サラダパスタ♪



ソースや具材に変化をつけて、イタリアン、和風、中華風、と様々なバリエーションのパスタ料理を出す。

料理下手な私でも、彩り鮮やかで見た目もよく、なんて美味しそうなんだろう、と錯覚させる効果を期待して。
それに、あっさりと食べやすく、胃にも優しい献立になり、家族には好評です。



『酷暑を乗り切るには』、なんて番組があると、食い入るように観て録画までする。

そんな時代に、お盆も過ぎたから海に入らないようになどと言っても、何の戒めにもならないかもしれない。




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