銀木犀の咲くころは、母のドーナツ

母が死んだ年に、庭の片隅に、母が好きだった銀木製を植えた。
他の庭の木々の邪魔にならないように、北東の隅っこを、苗木の場所とした。

そこは家への出入りに通る場所ではない。
だから今は、この隅っこは、母に逢いたくなったら行くという、心の居場所になっている。
見捨てられたようなその空間は、とても静かな時間が流れている。


生来生きる力が強い木犀は、場所に馴じみ、今年も律儀に花を咲かせ始めている。
11年前には、ほんの赤ん坊だった木は、立派に成長して、亡き母の縁として、心安らぐ。
間もなく、庭の片隅から、もっと濃く甘い香りが漂ってくることだろう。

gin3.jpg

子どものころは、銀木犀が咲くと、母はお祝いだと言いながら、ドーナツを作ってくれた。
小麦粉を水で練って砂糖や、卵、重曹を入れてタネをこしらえる。
そこからもう、甘い匂いが台所中に漂ってくる。

お玉でドーナツのタネを掬い、油で揚げていく。
私たちは待ちきれず、フライパンと母の手をじっと見つめていた。
ドーナツが油の表面から顔を出し、母の手がさっと動くと、お玉にはふかふかのドーナツが入っている。

姉が大皿を出す、私はお手塩を並べる。
お正月やお雛様に使う、紅い花柄のお皿に、みるみるとドーナツが盛られていく。

この日は、奥の座敷でみんなそろって、おやつをいただく。
母は、「秋の女の子の節句やね」と言いながら笑う。

リングになっている洒落た形ではない、むしろ、揚げパンのようだったけれど、私たちには、それはドーナツだった。
銀木犀の香りと、ドーナツの甘い匂いが、母をことのほか上機嫌にしていた。
寂しげな秋が、この日は陽気な秋へと変わる。


秋は滅多に見ない、おとぼけた母の笑顔が嬉しく、揚げたばかりのドーナツは、本当にほっぺたが落ちるほど美味しかった。



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この世には、神も仏もいないのか

今日、小林麻央さんのブログを、初めて訪問してみた。
それに先立ち、インターネットで、闘病についての記事は読んでいた。
お名前を漢字で書くと難しいけれど、可愛い本当に愛らしい、女の子と男の子のお母様でもある麻央さん。

比較的落ち着いて、お医者様の話を聞かれたとブログ記事には書かれていた。


ずいぶん昔の話しになるけれど、28歳のとき、私に乳癌の疑いがあった。
当時の私には、まだ子供がなく、だから、もし乳癌なら、夫を一人ぽっちにしてしまう。
その申し訳なさと、癌イコール死、自分が死んでしまう恐ろしさで、パニックになりそうだった。


何故、他の誰でもない、私なのだ。
不妊治療もすませ、子どもを授かることへの希望に満ち溢れ、仕事も順調、人生これからなのにと、絶望が心をしめていく。
自暴自棄になり、発作的に自殺を考えたりしたのが、あのころの私だった。

幸いに細胞診の結果は良性で、シコリの中に癌細胞の欠片さえなかった。
そんな私に比べ、その同じ日に、Sさんという28歳の女性とトラックドライバーをしている38歳の男性も、結果待ちだった。
Sさんは、何ということだ、細胞診の結果、癌細胞があると判明し、しかも進行癌だという。
そのころは、ステージⅢの乳癌は、脇のリンパ腺及び乳房に至るまで、全摘出する術式が普通にとられていた。

手術で癌細胞を取り除くには、乳房全摘と放射線治療の併用しかないという医師に、Sさんは乳房は残したいと、泣いて訴えていた。
細胞診で異常がなかった私は、翌日には退院した。


1年後の私の乳房の定期検診で、Sさんが両乳房を摘出し退院されたと聞いた。
それがきっかけかどうか、彼女は婚約を破棄し、ご実家に戻られたという。

また、トラックドライバーの男性は、残念ながら亡くなっていた。
男性にも乳癌になるだなんて、彼の周囲の誰が知っていただろう。
知るはずもなかったと思う。

ご本人も、胸の中にできた、大きなイボ、くらいにしか考えていなかった。
その間、癌はどんどんと奥深くに食い込み、進行し、ついには空気を体内に取り込む気管にも、びっしりと癌は巻き付いていた。
手術可能かどうか、放射線をかけて様子を見る、その間に亡くなってしまわれたのだ。



幸せを絵に描いたような、家族という形のお手本のように、私には写る麻央さんご一家にも、癌は侵入した。
麻央さんは、強いな!と、書かれている言葉の一つ一つから感じる。
その文章を読みながら、あの頃の自分と比較すると、恥ずかしくなった。

けれども、なぜ、寄りにもよって私なんだろう、麻央さんもそう想う日々と、闘っているかもしれない。
麻央さんのご両親の心中を推し量ると、堪らない。
代われるものならば、きっと代わってやりたいと思われているだろう。


何故、癌などというものがあるのだ。
この世には、神様や仏さまはいないのだろうか、私は、癌が憎い。




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テレビコマーシャルって邪魔、それとも

私は、リアルタイムでは、テレビは観ないようにしている。
ドラマやスポーツ観戦、歌番組、動物、自然を取り上げたドキュメンタリーなども、全て録画したものを観る

なぜ、そうするのか理由は3つある。

一つは、時間に縛られるのが嫌い。
お気に入りの番組を、自分のライフスタイルに合った時間帯に、ゆっくり観たい。

二つめ、私は実は、気が小さく心配性でもある。
だから、スポーツなどの勝敗が判ってからでないと、怖くて観られない。
録画したものを早送りして、結果を見てから、観戦する(≧∇≦)

勝っても、負けても、自分が贔屓にしている選手の競技なら、勝敗を先に知っているに限るけれど、絶対に観る。
そんな得手勝手なファンでもある。
気が弱く、向こう意気だけの人間だから、手に汗握り、心臓をドキドキさせながら観る自信がない。
サッカーなど国際戦の試合などを、徹夜してでもリアルタイムで観戦する人たちは、凄いなぁと思っている。

ニュースなどは、全くと言うほど見ないし、テレビからアナウンスが流れてきたら、スイッチを切ってしまう。
だいたい、ニュースに楽しいものなどないと思う。

悍ましい殺人や、苛めによる若者の自殺、親による子供の虐待、やれ与野党がどうの、中国や韓国がああ言って、
こうした、された、などと、凡そニュースを聴いて幸せだなあ、と思ったことはない。

現に心理学では、ニュースの9割は人を不安にさせる要素が詰まっている、と訓える。

習慣的にニュースを観続けていると、知らないうちに体内に不安がインプットされるらしい。
体内に、自分のきづかないうちに不安が蓄積されると思うと、本当にゾッとする。


そして、テレビをリアルタイムで観ない三つ目の理由は、コマーシャル。
ドラマやアニメが佳境!といった瞬間、必ずコマーシャルになる。

知人は、その間、トイレに行くと言う。
録画なら、コマーシャルをカットできる機能があって、ストレスフリーで、ゆっくり鑑賞できる。

先月、居間のテレビを新しく買い替えた。
なんということだろうか。

新しいテレビでは録画したものを、コマーシャルカットしても、微妙にズレるのだ。
前のように、確実にカットできない。


友人とそんな話をしていたら、
「コマーシャルも見てたら、面白いよ?そんなに杓子定規にならないで、コマーシャルも見てみたら?」

嫌だと思うから、ストレスになる。
ならば、その嫌なコマーシャルを愉しめるように見てみる。

なるほど、それも一理あるなぁと、友人の話を聞きながら、思うのだけど・・・・・・。



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恋の終わり

若いころ、同じ会社に勤めていた人と 『付き合っていた』 ことがある。
私が25歳のころで、相手は32歳だった。
身長182センチの大きな人で、TOKIOの山口君に似た、彫の深い顔立ちは、業界の中でもハンサムとしてしられていた。

仕事の流れのまま、私たちは、何度か食事をする仲だった。

ある日、大阪ミナミ心斎橋筋にあった居酒屋で待ち合わせをして、もう何度目かの、一緒にお酒を呑んだ。
(これってやっぱりデートと違うのだろうか・・・・・)


「実は、俺、結婚しよう思てんねん」

私はドキドキしてきた。
「いよいよか」、ついにその時がきたのか、返事を考えながら、彼からの次の言葉を待つ私。

「それで友達のよしみでいっぺん彼女とおうて (会って) くれへんかな?じぶんに会いたいっていうてんねん」
(ちなみに、おうては会って、じぶんとは、相手、つまり私のこと)

えっ?
なんで?

彼女って誰?
会ってくれってどういうこと?

頭の中が真っ白になり、何も考えが浮かばず金魚のように喘ぐことしかできない私。
そして出てきた感情は、たぶん、嫉妬だろう、猛烈に腹が立ってきた。

けれど、翌日の仕事のことを考えて(同じ部署だったから、気まずくなるのを避けた)、ぐっと堪え、その彼女と会ってもいいよ、とやけくそ気味に言った。


某日、例のミナミの居酒屋で、3人で会うことになる。
私はわざと遅刻して現場に出向いた。

その居酒屋は暖簾をくぐると、奥がすべて見渡せ、先に来ていた二人も、当然見えた。
カウンターに並ぶ二人からでてくる空気感は、私と対するときとは、まったく違った。

まず、距離が近い。
ほとんど体をくっつけるようにして座っている。
何も用もないのに、手を触れたり (彼の方から) 、必要以上にスキンシップが多い。

そういえば、私とのときはかなり距離があったし、それに、手を触れたりどころか、体には触れないようにしていたなぁ。
と、思った。

私は、彼からすれば職場の同僚、そして、自分の彼女を紹介したいと思う友人。
それ以上は、ナニモノでもない。

彼女は慎ましやかで、上品な大人っぽい女性、私とは似ても似つかないタイプに見えた。
これまでの私とのことは、男女の付き合いとか、デートではなく、単に仕事の延長だったのだ。

相手は何も知らないけれど、初めての私の失恋、いいや、失恋でもない。
そもそも、付き合ってもいないのだから。

付き合っていると思い込んでいたのは、おめでたい私だけ。
結局、私は二人に会わないまま、店を出た。
そして、心斎橋筋の銀杏の並木を歩きながら恥も外聞もなく、一方通行ではあるけれど、終わった恋を思い、大声で泣いた。



でも、私はラッキーだった!
泡のように終わりを遂げた、自分だけの勘違い恋愛のおかげで、今の夫と出逢うことになったのだ。

妻として、長く不出来だった私を、勘違い恋愛のその彼なら、きっと気に入らなかっただろうと思う。
あの彼女と私を比べたら、そんなふうに、今なら想像できる。

彼は、家庭的な奥さんタイプを求めていただろうから、私は日々、不出来な妻と責められていたかもしれない。
すべては済んだこと、「たらねば」の話。

決して、負け惜しみではないけれど、人生は成るようになっていく。
今は、彼も幸せに暮らしていたらいいなと、心から思っている。






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「あなたの、ためだから」という心にあるもの

近頃はあまり見かけなくなったけど、一時期、テレビのCMで盛んに流れていたフレーズに『あなたのためだから』 というものがあった。

西山なにがしと言う、可愛いタレントが、職場の上司や、友人にそう言われていた。


「あなたのためだから・・・・・・」

語尾に点々と余韻を残すかのような、この言葉。
これほど便利な言葉はない。
こうするのも、ああするのも、すべてはあなたのためを思って、私はしてあげるのだと。


私はこの 『何々してあげる』という、あげる言葉を使う人間は、信用できないと思っている。
人に何かをするのに、いちいち、勿体をつけているように感じるのだ。

少々、天邪鬼気味の私は、「えっ、それなら結構です、自分でできますから」と言ってしまう。
けれど、これが実はいけないのかもと、最近になって思うことがある。

私は始終、「自分は人間関係が苦手で人と上手にコミュニケートできない」と、ブログで公言している。
始めての人が何人も集まるような会合や、パーティなどに行く機会があると、前夜から眠れなくなってしまう。

物事を斜めに見てしまう癖のある私は、他人様の至らない点に、すぐさま目がいってしまうのだ。

自分だって、褒められたものでもないくせに。


いったい、なぜ、私はこんなふうに、イジケタ人間になったのだろう、と思う。
絶対に赤ん坊のころからこうでないはず。

私は、学業に専念する目的で東京に行った。
(実は本音は、家から逃げたかったからなのに・・・・・・)
15歳で、親元を離れた寂しさが自分の心にあって、それが、「自分は他の姉妹とは違う」、のだというおかしな価値観を植え付けてしまったからだろうか。

価値観を植え付けることでしか、あの、東京での日々に感じた、劣等感を克服することができなかった。

あなたに、「していただくなくても、私は自分のことは自分でできますから」と、自分を過大評価することでしか、私は自己を実現させることができなかったのだ。
「あなたのためだから・・・・・・」は、そんな自分を良しとしない、もう一人の自分が、真実の自分を嫌悪しているからではないだろうか。



あなたに、「していただくなくても、私は自分のことは自分でできますから」 と、自分を過大評価することでしか、私は自己を実現させることができなかったのだ。

「あなたのためだから・・・・・・」tというモノ言いに反発心が起きるのは、そんな自分を良くないじゃないと、もう一人の自分が嫌悪しているからではないだろうか。



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心がほっこりとする絵本

4年前の事故で手術した膝が痛むと、心底、落ち込んでしまう。
痛みは人を簡単に、鬱の状態にしてしまうんだなと思う。

痛みが引くまで私は、ベッドに横になり、絵本を読む。
本の絵と簡潔な詩に没頭する。

そんなときに読む本は、【きょうはなんのひ?】瀬田貞二作 林明子絵  福音館書店

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「おかあさん、きょうはなんのひだか しってるの? し らなきゃかいだん3だんめ」と、歌うようにして、
まみこは学 校に出かけて行きます。

おかあさんは、すぐに階段で赤いひも を結んだ手紙を見つけます。
それからも次々とまみこからの可愛い手紙がいろんなところに隠されています。

その手紙がすべて揃う、その頭文字を組み合わせると、お父さんとお母さんの結婚記念日おめでとう、になるのです。        林明子さんのふんわりとやわらかな色づかいの水彩画が穏やかな雰囲気をかもし出しています。
両親と一人娘まみことの、あたたかな家族の雰囲気が絵本から伝わってくるのです。


お母さんが、まみこの指示に沿って、手紙を探してゆく。
二階のまみこの部屋の横には、足踏みミシンがあって、壁にはさりげなく、まみこの学校の小物入れの袋がかかっている。

お母さんがこのミシンでまみこのために縫ったのだろうと想像すると、心が温かくなってくる。
何気ない家庭、でも、暖かな家庭環境がほのぼのと感じられる。

私は絵本を胸に抱き、しばらく目を閉じて、まみこの家を想像する。
そんなに大きくないお家に住み、両親の愛に守られて、すくすく成長していくまみこ。
玄関から二階への階段がある、その真下には台所、次の間には炬燵が置かれている。
炬燵のある部屋は居間で、小さな縁側からは庭に掘られら金魚の池が見える。


きっと、夏にはここで家族一緒に、線香花火をするのだろう。
想像しながら、私もまみこのお母さんと一緒に、手紙を探す。

いつの間にか、膝の痛みが遠退いて行き、心がポカポカしている。
そして思うのは、本当は、大人にこそ、絵本が必要なんだなってこと。


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ひとりぼっちにして、ごめんね

久しぶりに家族揃って、映画“キング・オブ・エジプト”を観てきた。
家族中が外出するとき、これまでは、いつも、愛犬を留守番させることが後ろめたかった。

家を出るとき、門まで見送りに来る、プリン。
そして必ず、私の顔を見上げ、『連れて行ってほしい光線を発する』。

物心ついたころから、私の環境には、犬は常に一緒に居た。
実家の父が大の犬好きで、私たち子どもも、自然とそうなったと思う。

犬は群れで行動する生き物と言われている。
ということは、昨夜のような家族の外出時に、自分が留守番することをどう思うのだろう。


古代エジプトの、神々と人間との営みを、少しコミカルに描いた映画を観ながら、そんな想いが心に浮かんだ。

隣山のドッグスクールに、飼育放棄され、山に捨てられた人気犬が訓練を受けている。
かつて、ペットショップのショーウインドウに並んでいた人気犬の、成れの果てだ。

人気がある種類だと、よく売れる。
そこに目をつけた悪徳な業者は、乱繁殖をしてまで、お金儲けしようとする。
結局、人間に飼われない彼らは、このような奥深い山に、業者の手により捨てられてしまうのだ。

それらの犬たちは大抵は、いろんな疾患を抱えている。
みんな乱繁殖と店頭での衝動飼いの被害者だという。

これら乱繁殖の犬たちは、生後すぐに母から離される。
母犬の愛情も知らないまま、ペットショップのウインドに並ぶ、と聞く。

けれど、幸運にも新たな飼い主に引き取られて、スクールで人間と一緒に暮らすための訓練を受けている。
スクールは、飼育放棄された可哀想な犬たちと、里親さんとの架け橋になっている。
このような施設がなければ、この犬たちはどんな運命を辿っていたのか、想像するのも恐ろしい。


昨晩、帰宅したのは、午後11時を過ぎた時間。

プリンが生きていた頃なら、門をギィーと開けると同時に、体ごと体当たりするように飛びついて来ただろうに。
そのあまりの勢いの強さに、プリンの怒りというか恨めしさを感じていた私たち。

「なんで、僕だけ置いて映画に行ったん!」って。


犬は、群れで居たいんだなってしみじみ思う瞬間だった。

庭を自分の意志で自由に行動できるよう、リードで繋いでなくても、プリンにとっては、どんな時も、所へも、家族で一緒に過ごすことが嬉しいのだ。

人間に与える、神の愛を描いた映画を観て、亡きプリンを思い出した夜。
あんなにあっけなく、あっという間に逝ってしまうと分かっていたら、絶対に、ひとりぼっちにはさせなかったのに。




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苛々するのは、やめよう

最近、少しのことで苛々してしまう。
堪え性がなくなってきたのは、もともとの性格は苛立つほうではないので、もしかすると、加齢によるものなんだろうか。

先週、シルバーウィークと呼ばれる休日に、こんなことがあった。


2日続けて休日になる日は、お昼はたいてい出かけるので外で食事をすることが多い。
お手軽なハンバーガーショップや、フライドチキンのお店も、ごくごくたまには利用する。
肉食しないわが家なので、休日になると、「ハンバーガーを食べたい」、と夫が言うことがあるからだ。

有名なバーガー店でなく、もう一つの、食材に自然農法の野菜を使ったりしていて、味もくどくないバーガー店に行く。


カウンターで注文をしながら、私は、薬 (ビタミン剤) を飲むお水を下さいと言った。
女子高生だろうか、かわいく親切そうな、若い店員さんは、お席にお持ちしますという。

席にお持ちします、というくらいだから、すぐに持ってきてくれるものだと思う私。
ところが、待てども待てども、お水は届かない。

こんなとき、催促すれば事足りるのだろうに、私は言えない。
言えない分、苛々感が募る。

そしてなお悪いことに、そのときの心は、腹立たしさでいっぱいになっている。


そんな怒りの状態で催促すると、多分、攻撃的で責める口調になると思う。
私はただでさえ、声に迫力がある。

若いアルバイト店員さんから見ると、怖いおばさんと映るだろう。
そんなことを思うから、どうしても催促できない。


しばらく待っていると、私たちが注文した商品が運ばれてきた。
されど、お水を一緒にもってきてくれない。
やっとそこで、私はお水を催促する。

店員さんは、「あっしまった!」 と、泣きそうな顔になってしまった。
その顔を見た瞬間、私は後悔する。

なぜ、ここまで苛々する前に、優しく催促できなかったのだろうと思う。

言えないのは、苛々の素、穏やかに上手に言えない自分が悪い。
苛々しながら待つより、上手に催促したほうが、はるかにいいのにね。


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つい、してしまう験担ぎ(げんかつぎ)

いつの頃からするようになったのかは分からないけれど、私は、霊柩車を見たら、親指を隠す。
誰に教えられたのか、小さなころから、そうしないと、親の死に目に遭えないといわれていた。


だから、私の周囲のた子どもたちは、町中で霊柩車を見かけると、遥か遠くにあっても通り過ぎるまで、親指を真剣に隠し、通り過ぎて行くのを、固唾を飲んで見守っていた。
それはみようによれば、とてもおかしな光景だったかもしれない。


私は今でも、霊柩車に遭うと、それが運転中であっても、無意識に親指を内側に曲げて隠してしまう。
同乗している人が、怪訝な顔をして、初めて自分のおかしな動作に気がついたりする。
小さなころからの習慣とは恐ろしいものだと思う。


同じように、私の生まれ育った大阪泉州地方では、『おはつ~!』 という、ものがある。

おはつ~!とは、誰かが新しい服を着たり、新品の靴を履いたり、また真新しいモノを持っていたりしたときに、
それに気づいた人が、本人の右肩を、おはつ~!と言いながら叩く。
それは、【初物に対し、祝福する、あるいは災難を避ける】意味で、験を担ぐのだ。

おはつ~!をもらった子供は得意満面、一躍、ヒロイン・ヒーローになる。

小学校5年のころ、クラスでいつも「おはつ~!」をもらうのは、毎朝、とっかえひっかえ、新しい服を着て登校してくるケイコちゃん。
ケイコちゃんのお父さんは、汽船会社を経営していて、大阪市内に貸ビルを何店舗も所有していで、町一番の有力者だった。

だから、まぁ当たり前かもしれない。


新学期のある日、男子のような服装でいつも登校していた私にが、母が縫ってくれたスカートを穿いて登校した。。
それは、ずっと男の子の服装をしてきた私の、初めてのスカートだった。
深い緑色のスカートは、コールテンというのか生地が畝になっていた。

また、それまでのショートカットから、肩まで届くくらい髪も長くなって、女の子らしい姿に、正直、私は恥ずかしさで、ドキドキしながら教室に入ったのだ。


そんな私をクラスの女子が、目ざとく見つけてくれた。

「Yちゃ~~ん、おはつ~!」、と数人が私を取り囲み、口々に質問を浴びせる。

「えっーどうしたん?スカート穿いてるん~~?」

母に塗ってもらったと答える私。

「けど、Yちゃん、似合ってるで!」
そんな声が、耳に聞こえた。

本当にうれしい”おはつ~!”だった。

それ以降、私におはつ~!をしてくれる人はいないけど、今でも私は、新調の服を着て出かけるときには、自分で右肩に手を置き、「Yちゃん、おはつ~!」と言いながら玄関を出る。

他人がそんな私を見たら、奇妙な人と思うかな。



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『 断 捨 離 』は悪くはない、ただ私はこう思うのです

引き続き、『 断 捨 離 』に思うことを書きたいと、しつっこく記事にしています。(;^_^

断捨離を語るのなら、まず断捨離を説かれている本を読まないといけない。
そう思い、図書館で借りてきた断捨離関連の書籍、2冊を読んだ。

本の詳細は控えさせていただきますが、
・心理面で捉えた本
・整理整頓面に関しての本
以上の2冊をチョイスして読みました。

若いころ、10代から20代の若者と、人生の後始末をしながら命を見つめる世代では、異なるのではないだろうか。
断捨離も、年齢に応じて、要不要があると、そう思うに至った。


うちの娘は20代、自分の部屋の散らかり様に、それを整理できない自分に、ほとほと嫌気がさしていた。
けれど、母に部屋に入ってもらい、掃除してもらうのは嫌だ。

そこに登場したのが『人生がときめく片づけの魔法』だった。

boo.jpg

自分ではどんなふうに片付けたらいいのかわからない、そしてそのまま部屋を散らかったまま、捨て置く。
昔からある、このようなハウツー本は、やはり娘のように、一応、悩む人には必要なのだとも思った。

けれど、なぜ私は違和感をもってしまうのか。
私たち (いいえ、私は) 世代は、片付けの術を、もうそれなりに来し方の中で学んできた。
それの良し悪しは別として、自分の確立した “片付け世界観” をもっている。

だから、そのなかから整理整頓する必要性は、今のところ感じていない。

むしろ、第三の人生のスタートを切るにあたり、『自分がこころ癒され、満たされ、ときめく』 それらモノに囲まれて暮らしたい。
なのに、なぜ、それを捨て去れというのか、という反発心が出てくる。

人は誰でも、私も年老いる。
次は、その背中に背負ってる重き荷物を降ろし、軽くかるく生きていかなければならない。

それは自分が死んだのち、自分が溜めてきた雑多な、自分以外には価値のない多くのモノを、あとに残された家族、その他の人に整理させてしまう、という迷惑をかけるわけにはいかないからだ。

そんな来るべき時代は、誰にでもやってくる。
断捨離は、そう考えると、人生の学び始め時と、人生の整理時にこそ、必要なのではないだろうか。
人生を学んできた時代を過ぎて、卒業までの、この、刹那ではあるけど大切な時間を、自分流に過ごしたいのだ。

ですから、私には断捨離は必要なし。
それが断捨離に違和感を覚えた原因なのでは、と思うのです。


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