Archive: 2017年03月  1/4

ストレートネックの、脊中の激しい痛みが止まらない

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職業病といってもいいかもしれません。ずっと昔、四十代前半ぐらいから、『ストレートネック』といわれてきました。人間の首は、かるくカーブしているのが正常な状態で、私は、それが真っ直ぐになってしまっているらしいのです。真っ直ぐの首の人は、肩凝りが酷く、頭痛や吐き気、眩暈に悩まされるそうで、そういえば、昔から私は、仕事を終え帰宅途中に、酷い肩こりで吐き気がしたり、偏頭痛が何日も治らなかったりしていました。...

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【 懐かしい記憶 】ろう石のゲンさんと、迷子になった私

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大草原の小さな家のローラたちが、学校で石版に文字や絵を書いていた、あの筆記具を記憶されていらっしゃるでしょうか。ローラたちが文字を書いていた石を、ろう石と言うのですね。主成分は透明感のある鉱石らしいです。日本でも明治の初めごろまでは、紙と鉛筆ではなく、石版にろう石で文字などを書いていたそうです。私が小さなころは、子どもたちがアスファルトの上にろう石で悪戯書きなどをしたものです。そんな頃のお話です。...

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春は名のみの風の寒さや【 思わずぶるぶる 】

早朝明けきらないうちに、山を歩いてきました。春は名のみぞ、今朝の山は肌寒く、薄手のジャンバーでは心もとないくらいだった。山道を心行くまで堪能して、小一時間、自然の中に身を置いてみると、最近の自分がいかにあくせくしているかしみじみと実感できる。----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------先週は、実家の所...

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樹木のように穏やかに、ご縁を大切に、日々を紡いでいきたい

私達が住んでいた里の家の周囲には、有機農法で野菜栽培をしている農家がたくさんあります。道の駅に野菜を卸している生産者さんも、出来る限り減農薬で栽培しています。専業主婦になって五年目の私の一番の関心事は、【食】につきます。健康は、睡眠、食生活、柔らかな心、で保つことができると信じ、家族の食事を作っています。けど、白状しますと、私は料理下手です。けどその下手さでも、安全な食品を使うという意識はずっと持...

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すい炎から、すい臓癌にならないための七ヶ条

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昨年、知人64歳女性がすい臓がんで亡くなった。余命半年宣告を受けていた中、二年間を生き抜いた。昨日は、『知人を偲ぶ会』が知人の家であり、私も参加してきた。緩和ケアで過ごされていた部屋を、ご主人が案内してくださった。ご夫妻で『里山保全・森を守ろう』活動に精出されていた、まだお元気なころの写真が飾られていた。大好きな木々を保全する活動に参加できる、喜びに輝くばかりの笑顔が眩しい。ふと周囲をみわたすと、和...

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敬宮愛子内親王様、御卒業・御入学に際し

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今日の記事は、長文になるかもしれません、申し訳ないです。----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------皇族の方々のことを、ブログ表題にし、記事にすることは、まことに畏れ多いことと、文字を打つ手も震えます。しかし、書かずにはいられなく、文字にしています。インターネットの普及は、人の心にある理性という垣根を...

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かっこいいな!THE BAWDIES!

いつもご訪問いただき、ありがとうございます!今週も、訪問にたくさんのコメントをありがとございました。♪(∩。∩;)ゞ・・・ところで、THE BAWDIES、というロックバンドをご存知でしょうか?        ↓(写真は、サイトからお借りしました)『Q誌に世界に影響を与えた100人、うちのシンガー部門で選ばれました』イケメン四人組のボーカルROY(No.1)の顔に似合わない、野太い声から出る、流暢な英語。歌詞の殆どを英語で歌ってい...

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久しぶりに、怒りで体が震えた

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昨日は、久しぶりに心の底から腹立たしい想いになった。午前中、お客様との打ち合わせを終えて、 家に帰る途中の出来ごと。逢って来たばかりのお客様は、エステサロンを経営されていて、そこの広告物一切を私が担当している。打ち合わせの中で、次の店舗の候補を探していると話されていた。もちろん、店舗探し専門のスタッフがいるので、私の出る幕ではない。車を走らせながら、『 次の店舗も私に仕事依頼が来るかなぁ 』 と、 微...

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祖母想う、花冷えの日には

彼岸すぎても、まだまだ寒さを感じる。この時期を、『花冷え』と美しく呼ぶこと知ったのは、中学生になったばかりだった。----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------私の祖母は晩年になり、リューマチに悩まされていた。痛みが酷く、手指の節くれが目立って曲がるようになってきた。明るく朗らかで、好奇心に溢れていた祖...

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最後の晩餐には、【さつま芋を!】というくらい大好き

私の母は、鹿児島の出身だった。母の長兄が元気なころは、採れたてのさつま芋が里から送られてきた。さつま芋はまた、母の大好物で、小さなころのオヤツといえば、とにかくさつま芋がよく出た。学校から帰ってランドセルを玄関の間に置くと、すぐに台所に駆け込む。へっついさんの上には、ホカホカと湯気が立ち上る、蒸したばかりのさつま芋がザルに盛られ、置かれていた。寒い冬など、悴んだ手でフゥフゥしながら熱いお芋を持つと...

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