私はずいぶんと長い間、低血糖症状に悩まされていた。
低血糖によるおくびが出て、冷や汗が吹き出てくると、いつも持参している、黒砂糖をひとかけら食べていた。

するとてきめん、不快な症状は消えてなくなる。

今年の初冬、私は食中毒を起こした。
そのあとで受けた健康セミナー【 脱砂糖を始めよう 】で、
砂糖が健康に及ぼす悪影響を知った。

海外制作のDVD【 あまくない砂糖の話 】をまず観た。
制作者でもある被験者が、自ら1日に砂糖だけを摂取して暮らす。



アメリカのペプシコーラの地元で、歯が全て虫歯にやられ、歯茎まで砂糖に侵されている若者へのインタビューを交えながら、砂糖の害を訴えている。

その若者の映像は、恐ろしく悍ましく、私も衝撃を受けた。



そのあと、DVDの解説を交えながら砂糖の健康害を話すセミナー講師。
講座の終盤に、砂糖を摂るから低血糖になるのだ、と言うセミナー講師の話には、全く目から鱗、びっくりした。


ともあれ、そんなこともあり、今年3月から砂糖を絶っている。

煮物などは、出汁、本醸造醤油、本味醂、塩少々、それまで使っていた砂糖は一切、使わない。
手作りクッキーも、しばらく作ることをやめた。


砂糖被害説が本当かどうか、自分で試してみたかったこともあって、間接的にせよ直接にしろ砂糖を摂ることをやめてみた。

始めた途端、まず低血糖症状がでなくなったことには、本当に驚いた。

そして思わぬところでも、良い影響が出た。

夫1.5k、私3.5k、娘も3k、そう!体重が減ったのだ。
夫と娘は、少々痩せ気味になったけれど、脱砂糖だけで、他には一切ダイエットなどしていない私も、若いころの体重に戻ることができた。




砂糖を摂りすぎると、様々な健康被害がある、という。
悪玉コレステロールが高いのも、油より砂糖の摂取過多が原因だともいう。

砂糖健康害説、はい、分かっています。

けれど、不思議というか、どうして人は、甘いお菓子を食べるとき、あのような笑顔、幸せそうな顔をするのだろう。

塩ではあのような、破顔一笑にはならない。


脱砂糖をして半年近くなる今の私は、以前ほどではないが砂糖を使っているお菓子も、少しなら口にする。
甘い誘惑をスパッと切るのは少し寂しい。

だから、摂りすぎないのならいいかと、自分を甘やかしている。
健康はもちろん大切なこと、でも……その時々の満足感なくしては、
生きる喜びはないように思う。

健康はあくまで、自己管理自己責任ではないだろうか。(^-^;


------------------------------------------------------------------------

いつもご訪問いただき、コメント、バナー画像のクリックもありがとうございます!

にほんブログ村 主婦日記ブログ 50代主婦へ
にほんブログ村

------------------------------------------------------------------------

ブログコメントは、拍手コメント(非公開コメント)、
ここです→ 一言メッセージボードもご利用ください。
 






海が近い町で生まれ育った私は、ずっと山に憧れをもっていた。
憧れはいつしか恋い焦がれる気持ちになっていき、家から見える遠くの山並みに溜息を吐く、その想いは、郷愁と言ってもいいかもしれない。

それが運命の神様の手により、その山並みの一角に住む人と( 夫 )縁があり、憧れの地の住人になることができた。


けれど人の暮らしは往々にして変わるように、
それが今では里を離れ町家に住むということになってしまったのだから、運命とは分からないものだと思う。



海の日、休日の娘と一緒に、ふるさとの隣の市にある海に行って来た。

umi1.jpg

考えたら、私は娘を自分のルーツになる場所に連れてきたことはなく、この海が初めてと言ってもいいかもしれない。

このマストは、小さなころのわが町で現役だったもの。
隣町にあると聞き、居ても立っても居られなくなり、見に来た。

懐かしさに胸がじんとなる。

umi3.jpg

子どものころは、大阪府下にもこのような海原はあちらこちらにあって、夏休みともなれば家族連れでにぎわったものだった。
大阪湾が臨海工業地帯になる前には、遠浅の海が多く、浜は潮干狩りの人々で賑わっていた。



経済の発展は人間社会に便利と豊さをもたらす名目の元、大海原を人々から取り上げて心の拠り所を無くしてしまうものだろうか。

山に憧れを持ち続けていた私とは異なり、娘は海に心を寄せている。
小さなころから海に連れて行くと喜んだ。

ako.jpg

生れたときから山が身近にあった娘には、海が郷愁を誘う存在だったのだろう。
人の心とは面白いものだなと思う。

山をふるさとに持つ娘は、海への限りない郷愁を胸に抱き、海辺に居を構える人の元へ嫁ぐのだろうか。
などと、波頭で戯れる娘の背を見ながら、目頭が熱くなる。


------------------------------------------------------------------------

いつもご訪問いただき、コメントやバナークリックをありがとうございます!

にほんブログ村 主婦日記ブログ 50代主婦へ
にほんブログ村

------------------------------------------------------------------------

ブログコメントは、拍手コメント(非公開コメント)、一言メッセージボードもご利用ください。
【 一言メッセージボード 】




実家がついに取り壊された。
跡形もなくなったかつての家は、物置を残し、ただの更地になってしまった。

何でも税金対策だとかいう姉の考えで、物置を残したことは、私には解せない。
おかしな残し方をすると、いつまで経っても、後ろ髪を引かれる想い、未練が残ってしまう。



私が子どものころ、町の至る所に空き地があった。
空き地は原っぱと呼ばれ、背丈の低い草が生えていた。
草が生えていない広場は、空き地と呼ばれ、缶けりや、陣地取りゲームの場所に使われていた。


原っぱでは主に、女の子たちが、ままごと遊びに興じていた。
それぞれが持参した敷物を、草むらの上に広げ、手近にある草を惣菜代わりにしたりした。
敷物は、ナイロンの風呂敷だったり、イグサの端切れだったり、座布団の古くなったものを持ってくる子もいた。


女の子は原っぱ、男の子は空き地でとテリトリーが分かれていたものだった。
男女が一緒に遊ぶときは、空き地での“はないちもんめ”。
男女が2組に分かれて、歌を歌いながら歩き、メンバーのやりとりをする。

かって嬉しい~はないちもんめ、負けて悔し~~いはないちもんめ♪
あの子がほし~~い、あの子じゃわから~ん~~♪

そんな歌を歌いながら、メンバーのやり取りをするのだ。
自分の名前を呼んでもらえるか、ドキドキしながら遊ぶ、はないちもんめだった。

街から、この空き地も消えていった。
あっても、看板が立ててあったり、鉄条網で囲われたりしている。


夢見る夢子の私は、現実をじっくりと考えることが姉のようにはできない。

だから、実家が近所の子どもたちの遊び場として在れたらな、そんなことを思ってしまう。
よせばいいのに、それをつい、口に出してしまい、呆れ顔をされ、そこで終わる。

せめて、こうしてブログに書くしかない、私の夢想でしかなかった。


------------------------------------------------------------------------

いつもご訪問いただき、コメントやバナークリックをありがとうございます!

にほんブログ村 主婦日記ブログ 50代主婦へ
にほんブログ村

------------------------------------------------------------------------

ブログコメントは、拍手コメント(非公開コメント)、一言メッセージボードもご利用ください。
【 一言メッセージボード 】


< ご指摘ありがとうございました >

昨日のブログ記事に登場した、ユカワ君。

お城、有名進学校、私のふるさと、
というワードで当人が特定できてしまうのでは?

そんな非公開コメントを、通りすがり、さんから頂戴しました。
サイドメニューの、私とこのブログについて、には書いているのですが。

このブログに登場させている方々のお名前につきましては、
逐一 ( 仮名 ) とはしておりませんが、
すべて、仮名です。

ですから、ブログ記事内のワードで検索しても、有名進学校はともかく、
ユカワ君、なる人物には行き当たりません。

ご指摘、ご忠告を感謝いたします。
お名前を存じ上げない方でしたので、こちらにご返答させていただきます。

また、お立ち寄りくださいね。